英王室はヘンリー王子の暴露を乗り越え、変化することができるか 回顧録『スペア』発売
公の場で目にする限り、イギリス王室はいつもまとまっている。だがヘンリー王子(38)からすると、王室、そして王室の運営に関する状況はまったく異なる。
破壊的な影響力を持つ王子の回顧録『スペア(Spare)』には、王室と報道機関の好ましくない関係を暴く内容が含まれているが、その本が出版されたことで、エリザベス2世没後、ウィンザー家で進められていた変革のペースが加速する可能性がある。
1月10日に出版された回顧録の中で王子は「王室メンバーが自身を好意的に報道してもらうのと引き換えに、ほかのメンバーの不名誉な情報を漏らしている」と述べているものの、それはほんの一握りの話に過ぎない。カミラ王妃をやり玉に挙げており、王位継承者であったチャールズと長年不倫関係にあった彼女がイメージ回復のために私的な場面での会話をメディアに提供したと糾弾している。
公の場で示されるまとまった印象とは裏腹に、王室とそのスタッフは、自分や上役の見かけを良くするためとあれば裏切りも辞さない策士のようなライバルとして描かれている。王子の言う宮殿とは、16世紀のイングランド王ヘンリー8世の時代にあった宮廷の現代版のようだ。当時の廷臣たちは君主の寵愛を得ようと策をめぐらし、ときには命を奪い合うこともあったという。
歴史学者で『The Family Firm:Monarchy, Mass Media and the British Public, 1932-53』の著者でもあるエド・オーエンズ氏は『スペア』読了後、イギリス王室はタブロイド紙への掲載を気にするあまり、ジャーナリストと取引せざるを得ないという重度の機能不全に陥っている印象を持ったとしている。そして、回顧録に書かれている内容を目にした一般市民は王室について考えを新たにするかもしれない。
同氏は「ある意味、思考のリセットが必要で、王室とは何か、王室は社会でどのような役割を果たしているのかについてよく考える必要がある。『我々イギリス国民が税金を納め、その見返りに王室が動く』という考え方自体が実は崩壊しており、そのような不健全な関係は成り立たない」と話す。
経費の多くが税金で賄われているイギリス王室が社会で担う役割は、最近ではほとんどが儀礼的なものとなっており、彼らはソフトパワーの大御所といえる。だが王室支持者は次のように主張する。すなわち、王室の儀式が持つ壮大さに加え、学校や病院の開設、国に貢献した人々への栄誉の授与という王室の日常業務にみられる共通の歴史と伝統を背景に国をまとめているとして、王室は依然として重要な役割を担っているという。
王室メンバーに関する報道は概して、慎重に調整が図られた状態で公の場に流されるものと、出所が定かでない情報源に基づく私生活にまつわる混沌とした記事に二分される。
だが近い将来、変化が起きるかもしれない。
王室と深く結びついた植民地主義の歴史は、世界で見直されているところだ。イギリスの諸都市では抗議者が奴隷商人などの銅像を破壊、破損させる動きがあったほか、オックスフォードやケンブリッジといった国際的に高い評価を得ている大学が講義内容を見直すようになっている。要は、かつて大英帝国の象徴であった組織が、かつてないほど厳しい監視の目にさらされているということだ。
昨年9月のエリザベス2世崩御後、国王に就任したチャールズは、1000年の歴史を持つイギリスの君主制を近代化し、その永続を保証させるという難しい課題に直面している。国王はすでに現役王室メンバーの数を減らし、王室運営にかかる費用を削減する意向を示している。
その実現には長い時間がかかっているが、遅れた理由のひとつは、エリザベス自身にあった。
前国王に対する国民の個人的な愛情が極めて強かったため、女王在位の70年間、イギリス社会において君主制の役割が論争の種になることはほとんどなかった。女王を失った現王室は、1952年にエリザベスが即位した時代とはまったく異なる、近代的で多様な文化を持つ国家における王室の存在意義に関わる問題に直面している。
「不満を言わない、説明しない」の信条が支配的だったエリザベス女王の時代に、ヘンリー王子の本に書かれているような個人的な情報が暴露されるなど考えられなかった。『スペア』の中でヘンリー王子は、1997年の交通事故で母ダイアナ妃を失った後の精神的な苦しみ、兄ウィリアム王子との殴り合いの喧嘩や、コカインや大麻の使用について赤裸々に語っている。
2020年に王子夫妻が王室を離れてアメリカのカリフォルニア州に移住した後、メディアがメーガン妃を差別的に取り扱い、王室からの支援も得られなかったことを引き合いに出しつつ、『スペア』の中で2人は実情を伝えようとしたのだった。
ゴーストライターの手による回顧録の中で、カミラがイギリスの報道機関と関係を構築し、王妃になるまでの間に情報をやり取りしていたほか、基本的には自分のことを好意的に報道する見返りとしてヘンリーとメーガンについての不利な情報を報道機関に流したと王子は主張している。
当時のチャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚生活が終わりを迎えたころにカミラ夫人が果たした役割のことを考えると、この言い分には微妙なところがある。国民の多くは当初、カミラを敬遠していたものの、幅広い慈善活動に取り組むことで理解者を増やしていったほか、彼女のおかげでチャールズの印象がソフトになり、現代のイギリスに調和するようになったという評価がなされている。
デイリー・メール紙のコラムニスト、スティーブン・グローバー氏は、ヘンリー王子がただ気難しいだけだとしつつ王妃の擁護に躍起になっている。同氏は「確かに王室メンバーのなかには長年にわたってスタッフを通じて報道機関に情報を流す人もいたが、それがヘンリー王子とメーガン妃を陥れる陰謀だと邪推するのは賢明ではないし、あまりにもナイーブだ」として、「王室は報道機関の操り人形ではない。というのも、もし王室メンバーに分別があれば、自分たちが賞賛されることも非難されることもあることくらいわかるだろう。賢い人であれば、事を荒げない術を知っているものだ」と述べている。
だが、2021年にメーガン妃がオプラ・ウィンフリー氏のインタビューを受けてから、王室による人種差別の疑惑が持ち上がった際、エリザベス女王が「記憶が異なる可能性もある」ことを示唆する有名な声明を出したのとは異なり、チャールズ治世の初期に訪れた大きな危機に際してバッキンガム宮殿は沈黙を守り通している。
そのため、ヘンリー王子はヨーロッパとアメリカの両方で話題を独占しており、アメリカの深夜テレビ番組でゲストとして招かれたり、ウィンザー家の身内の恥について何度も話したりしているようだ。
イギリス王室を揺るがすスキャンダルが起きたのはこれが初めてではないため(エリザベス女王の伯父にあたるエドワード8世が離婚歴のあるアメリカ人と結婚するために退位したことがある)、発売初日に回顧録を入手した人の多くは、王室がこの危機を乗り越えられると信じているように見える。
その一人、ジェームズ・ブラッドリー氏(61)は「王室はこの件を軽くしのぎ、ロイヤルファミリーを存続させていかなくてはいけない。女王が亡くなられてから、私にとって王室の株が上がることは一度もなかった。これできっと跳ね上がってくれる。半年後には、回顧録を話題にする人はいないだろう」と話す。
一方で、ウェストミンスター大学のスティーブン・バーネット教授(コミュニケーション学)は、ヘンリー王子の暴露本が契機となって王室がもっと透明性を高め、たとえばホワイトハウスやダウニング街10番地にあるイギリス首相官邸のような組織になってくれることを期待している。
バーネット氏は「ヘンリー王子は、王室と国内マスコミの癒着、陰謀めいた関係を暴露してくれた」としつつ、「王室は報道機関との付き合い方を変えていかなければならない。それは良いことではないか。王室にとっても、イギリス社会にとっても良いことだ」と指摘している。
By DANICA KIRKA Associated Press
Translated by Conyac