ウィル・スミス主演『自由への道』レビュー 実在の南北戦争時の奴隷とアクションスリラー

Quantrell Colbert / Apple TV+ via AP

 ウィル・スミス主演、アントワーン・フークア監督による『自由への道(原題:Emancipation)』が、少なくとも従来的なオスカー受賞作品にはならないことに救われる思いだ。本作品は、南北戦争中のアメリカ南部ルイジアナを舞台に、スミス演じる奴隷を主人公とした逃亡劇である。

 作品中の重要な歴史的背景や、映画賞シーズン中の公開であること、また前回3月に開催されたアカデミー賞授賞式での平手打ち事件による影響を含めても、『自由への道』は、容易に想像してしまいがちな厳粛さと品格を備えた映画ではない。この作品はアクションスリラー映画である。

 アクション系映画を得意とするフークアは、『それでも夜は明ける(原題:12 Years a Slave)』といった魂の震えるような作品を生み出すことはあまりない。心理的リアリズムを用いた描写よりも、荒々しいB級映画の構造を駆使したチェイス系など、硬派なサバイバルアクションを制作してきた。『自由への道』では、ピーター(スミス)の決死かつ巧妙な逃避行に引き込まれる。本作品は黒人による抵抗と精神的忍耐強さを真正面から伝える物語だ。

Quantrell Colbert / Apple TV+ via AP

 これまで同様のアプローチで描かれた『自由への道』は、12月9日からApple TV+での配信がはじまった。奴隷問題をテーマとする昨今のほかの多くの映画とは異なる上に、内容もまた表面的なものである。フークアの作品は悲劇的で迫力のあるものが多いが、実在の主人公に寄り添うような細やかさに欠け、ジャンル特有の描写にとらわれすぎている。

 多くの資料から本名はゴードンであるとされるピーターは実在の人物であったが、知られていることはほとんどない。1863年3月、ゴードンはルイジアナにある農園から脱走した。10日間にわたって40マイル以上の逃亡を果たしたのち、北軍が駐留していたバトンルージュへたどり着く。そこで、十字型の傷跡が多く残された背中をカメラに向け、椅子に座っている姿が写真に撮影される。ゴードンは北軍に入隊し、一方で「むちで打たれたピーター(原題:Whipped Peter)」と題されたその写真は、奴隷制度の悲惨さを強く訴える象徴として広く知られるようになった。これにより北部では奴隷制度廃止を求める声がさらに高まった。

 ウィリアム・N・コラージュの脚本による『自由への道』は、そのわずかな事実をピーターの物語へと発展させたものだ。ほぼ全体がカラーで構成されていた作品をモノトーンに仕立て上げたフークアは、家族や運命といったおなじみのテーマをピーターに託している。本作品ではクレオール訛りのあるハイチ系とされるピーターは、南軍が動員する鉄道建設に従事するため家族から引き離される。妻(チャーメイン・ビンワ)と子供たちのもとに帰るというピーターの信念は揺るがない。神を信じ続けるピーターの苦難の旅路は、聖書のなかの世界を彷彿とさせる。ピーターなど奴隷たちを取り巻く暴力があまりにも過酷であるため、モノトーンで描かれているルイジアナの沼地は、隠喩としての荒れ地へと姿を変える。「神はどこにいる」と一人の男がたずねる。「神はどこにもいない」。

Quantrell Colbert / Apple TV+ via AP

 ピーターの逃亡を執拗に警戒する白人の男ファッセル(ベン・フォスター)は、ピーターの神は自分であり、「おまえが生きているのは、俺がそうさせているからだ」と声を荒げる。ピーターが逃走のチャンスを得たとき、ファッセルを含めた3人は馬に乗り後を追う。ピーターは当初、ゴードン(ギルバート・オウオー)とジョン(マイケル・ルウアイ)を含む数人の仲間とともに出発する。『自由への道』ほど、沼地に長く浸かっている作品はない。ピーターは、泥沼のなかをヘビやワニと対峙しながら、心の中で響く「リンカーンの祈り」に導かれ、バトンルージュを目指す。

Quantrell Colbert / Apple TV+ via AP

 ピーターを演じるスミスはいままで、これほど自身のカリスマ性に頼ることなく役になりきったことはないだろう。スミスが演じている役はほとんどしゃべらない。外見的な役作りにおいて、スミスの演技はじつにすばらしい。しかし、ピーターを表現するための肉付けが十分にされておらず、人物像について心に響いてくるものがあまりない。『自由への道』がある程度創作された歴史映画だとすれば、ピーターに与えられた人物像は必要最小限でしかない。その人物像もまた、歴史からというよりも、無数にあるほかのスリラー映画から引き出されたものだ。

 撮影監督のロバート・リチャードソンによる技術は、時折感情が乱されることはあるが、全体的には観客を魅了することが多い。直観的な色使いが作品全体に時々散りばめられるなど、カメラ自体の存在感が強い。あくまでもピーターの視点にこだわりつつも、『自由への道』の世界観をより高めるために取り入れたかのような、モノトーンの絵画的な描写にも引き込まれる。

 それでもなお、これまでフークアが手がけてきた映画(The Guilty/ギルティ、The Equalizer/イコライザー、Training Day/トレーニングデイ)が示すように、深みのないスリラー映画が力強い作品になることもある。『自由への道』は、自信過剰が目に留まるようなつまらない作品ではない。奴隷制度による非人道的な残酷さ、そしてそれを断じて受け入れない一人の男の勇気が一途に描かれており、作品の後半では、戦争は暴力であり無残なものであることが鮮明になる。『自由への道』にある生き地獄のような苦しみは、いたる所にあるのだ。

 2022年12月9日(金)よりApple TV+で配信中の『自由への道』は、人種差別に起因する激しい暴力や刺激的な描写、言葉遣いを理由に、モーション・ピクチャー・アソシエーションによりR指定を受けている。上映時間は132分間。

By JAKE COYLE AP Film Writer
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP