黒澤明『七人の侍』、なぜ海外で今も高く評価されるのか? BBCの「史上最高の外国語映画」に

MosaMint / Wikimedia Commons

◆多くの映画人を育てた脚本はいまも手本に
 黒澤監督が西部劇映画やシェイクスピアの悲劇、ロシア文学から物語構成や倫理観を学び、ジョージ・ルーカスら巨匠たちが黒澤作品から多大な影響を受けてきたことは、いまや映画史のひとコマとして有名だ。ガーディアン紙は、黒澤を軸にしたこの歴史をたどり、今なお続く文化交流的な意義を指摘した。

 黒澤脚本に学ぶ映画人は今も多い。映画専門サイト『Film School Rejects』は、人気映像シリーズ「Seven Samurai Storytellingのレッスン」を紹介し、脚本から学べる点を次のように解説する。

 まずは、登場人物がおかれた深刻な状況を見せて観客を引きつけ、「目的(=野武士を倒す)」と「動機(=報酬が欲しい)」を印象づける。同時に、人柄や出自を丁寧に描くことで「役割」を際立たせ、話の展開の理解を助ける。――長尺ながら飽きない秘訣はこの構成にあり、まだまだ活用できるという。

◆映画に普遍性をもたらした日本人の特徴とは
 黒澤監督が大きな影響を受けた西部劇を通して『七人の侍』を読み解いたのがアラブニュース紙だ。活劇や百姓との交流劇、ヒロイズムに、西部劇の弱者救済の精神が濃厚だという。また、物語の道義性には黒澤監督の国民性を感じたようだ。

 戦時中にデビューした黒澤監督の初期の作風は時局に配慮したものだったが、戦後第一作『わが青春に悔なし』で民主主義を掲げ、開放的な作風で東宝の顔となっていく。記事では、日本がふたつの価値観に揺れる時期にキャリアが始まった意味を重視し、西部劇から受け取った精神と、東洋的な道徳観や土着の感性とが背中合わせになっていると見た。

「終戦を境にした特異な歴史」は、黒澤監督も意識していた。自伝『蝦蟇の油』によれば、終戦の詔勅の日、意外にも浮かれた世間の光景に驚き、日本人の柔軟さと虚弱さについて考えこむようになったという。また、日本の文物が海外で評価されると尊重し始める風潮を「悲しい国民性」だと感じるようになった。象徴的だったのが、『羅生門』がヴェネチアで受賞したとたんに手のひらを返したような態度をとった批評家たちだ。黒澤作品の国内外の評価の差については、前述したBBCの記事でも指摘されている。

 時代劇ならではの利他的な人物像の美点は、多くの文化で共有されてきた。人々が身分差を越えて交わる爽やかさも、封建社会の理不尽さを描き切っているからこそ活きる。つまり、かつての日本らしさがうまく作用して普遍的な物語となったのだ。そうした魅力を海外から教えられるという状況は、黒沢監督が見たようにまだ続いているのかもしれない。

Text by 伊藤 春奈

Recommends