遺跡の壁で射撃練習 保護されず都市に埋没してゆくペルーの遺跡群
2つのゴルフ場と3つのスラム街にほど近い小さな自宅から、今にも崩れ落ちそうな土レンガのピラミッドを見上げるのは、ジャニナ・ロハス氏だ。このピラミッドは、今から600年以上前に栄えた大インカ帝国の遺跡だ。
多くの現代ペルー人の例にもれず、ロハス氏も、スペインによる南米植民地化以前に建てられたインカの遺跡に囲まれて育った。
現在26歳の彼女は、子供の頃の宝探しの体験を今でも覚えている。そこでは陶器のポットや織物の小片、そして人骨さえもが見つかることもあった。
「リマは、こういう場所ばかりです」と彼女は言った。
このピラミッドは、あくまで1つの例に過ぎない。ここ以外にも、増大する都市民の需要を満たすべく行われる道路や学校、住宅地やスタジアムなどの建設過程で、排除されたり破壊されたりする史跡「ウアカス」が数千の単位であるのだ。
とある遺跡の周囲には、高層マンションが建ち並ぶ。900年前の墓地にある土レンガの大聖堂の真下には、新たに2つのトンネルが掘られ、高速道路の車列がぐんぐん走り抜けてゆく。
都市化がすすむ雑然としたペルーの首都の風景を象徴するかのように、ペドロ・パブロ・クチンスキ大統領の邸宅も、あるピラミッドの敷地を侵食して建っている。この遺跡は、数あるペルーのピラミッドの中でも最も保存状態の良いものの1つに数えられる。
ペルー各地には、推定46,000箇所もの植民地時代以前からの遺跡が点在している。そのうち400はリマ市内にある。リマは南米のあらゆる都市の中でも、最も多くの遺跡をかかえる都市だ。
しかし公式のデータによると、現在ペルー政府が確保している予算では、これら遺跡のたった1%を保護することしかできない。何百もの遺跡が放棄され、公共ゴミの集積地に転用された場所さえある。
「リマの建設以来、人々は『ウアカス』を単なる土くれの山や宝探しの場所としてしか見てきませんでした」。そう話すのは、リマで活動する考古学者のヘクトル・ワルデ氏だ。
3500年前に建設された、神話上の動物を描いた古代の壁のある寺院で慎重に発掘作業を進めながら、ワルデ氏は語った。
20世紀初頭のリマでは、急激な都市域の拡大により、植民地時代以前の遺跡の大規模な破壊が起きた。また1980年代には、ある神殿の壁が粉々に砕かれ、それを材料にして新たな住宅建設のためのレンガが作られた。いっぽう同時期に反政府ゲリラは、ピラミッド上に建つ送電鉄塔を爆破攻撃した。
現在、考古学者と政府関係者で構成する小グループが、これまでの流れを逆転させ、都市拡大の波にさらされる遺跡群を保全するための施策を強化しようとしている。
「ペルーの人々に、歴史遺産は楽しいものだと感じてもらう、というのが事業のコンセプトです」。ペルー文化省のホルヘ・アルナテギ大臣はAP通信にそう語った。
7月以降、彼が支援してきた市民啓発キャンペーンは、関連美術館や数十の考古学遺跡の入場を無料にするなど、ペルー国民に歴史遺産の価値を再認識させることを狙ったものだ。
遺跡保護の促進を意図したキャンペーンだが、「では、そのために何が必要か?」についてのホットな議論を巻き起こすまでには至っていない。
政府当局者らは、遺産保護のための新法によって遺跡への法的保護が強まり、国内の文化遺産の保全が図られると言う。一方、運動家は、新法は文化大臣が考古学的に重要と認めた遺跡のみを対象とすることから、数千以上の遺跡が前にもまして保全されなくなることを懸念している。
自国の豊かな文化遺産を護るための努力が、必ずしも一般のペルー人たちに広く理解されているとは言いがたい。ペルーの人々にとって、古代の文化というのは当たり前のようにそこにあるもので、彼らは現地ケチュア語で「神託所」あるいは「聖所」を意味する「ウアカス」と隣り合わせで長年生活してきた。
ワルシャワ大学の考古学者で、30年にわたってペルーで発掘を率いてきたクリストフ・マカウスキー氏は、遺跡保護に必要なのは、単なる予算だけではないと述べた。
「博物館はしっかりと調査をしなければなりません。大学も同じです」とマカウスキー氏は語った。「それに興味を持つ人々がいれば、遺産の保護はより容易になります」。
リマで暮らす多くの人々と同様に、家族を育てる新たな場所を切実に求めていたロハス氏の母親は、1985年にようやくその場所を見つけ、そこに小さな自宅を建てた。その場所は、 かつて宗教儀式や埋葬の儀式の中心地だった2100年前の建築群とピラミッドからなる複合遺跡に隣接している。
ロハス氏の家族は、その遺跡を責任もって管理すると誓約した。ロハス氏は過去に、廃墟の中に遺棄された死体を見つけた時のことをふりかえる。彼女はまた、射撃の練習用に遺跡の壁にむけて発砲する人達も見てきた。
「ほとんどの人は、ウアカスを保全するというのがどれほどの危険を伴うか、少しもわかっていません」とロハス氏は語った。「土地の不法転売業者や、泥棒や犯罪者とも向きあわないといけません。何よりも残念なのは、それをしたからといって、国家が私たちを評価するわけでもなく、感謝を受けることもない、という部分です」。
By FRANKLIN BRICENO and RODRIGO ABD, Lima (AP)
Translated by Conyac