脳を刺激すると創造性が高まる――だが、心の声を聞くことはできるのか?
著: Simon McCarthy-Jones(ダブリン大学トリニティカレッジ Associate Professor in Clinical Psychology and Neuropsychology)
後にアップル社の共同設立者となるスティーブ・ジョブズ氏は、かつて「創造性とは、既に存在するものを結び付けることにすぎない」と語った。彼の言うことはもっともだが、創造性の源はほかにもある。それは、ふとひらめくアイデアだ。古代では神々からの贈り物だと考えられていたそのようなアイデアだが、現代では、内なる声や自分の別人格の表れだと説明されている。
物事を結び付ける創造力は、頭に付けた電極を通して脳に微弱電流を流す、経頭蓋直流電気刺激(tDCS)と呼ばれる脳刺激技術を用いた神経科学で向上させることができる。だが、同じ技術で内なる声を呼び出して創造性を高めることができるのだろうか。
私の研究室でtDCSの実験を行った際、この技術は安全で、悪影響は比較的少ないと考えられている。ただし、一般家庭で行える類のものではないが。
tDCSには、一次的に陽極側の脳の部位の活動を高め、陰極側の脳の部位の活動を低下させ、脳内の接続度合いを変える働きがある。空軍職員の業績向上から精神疾患治療まで、tDCSはさまざまな目的で利用されている。
また、研究者たちはtDCSが創造性を高めることを発見した。より“既成概念にとらわれない”関連づけをtDCSが可能にすることが最近の研究でわかった。この研究は、マルチタスク、推論、記憶などのプロセスに関わるに陽極をセットして行われた。tDCSの被験者は、より創造的な類推を行うことができた。
しかし、アイデアがひらめくという経験についてはどうだろう。このプロセスをコントロールするのは難しいので、アイデアが浮かぶのを待つのは気がめいる作業だ。スタンダップコメディアンのスチュワート・リー氏はこう語る:
どこからアイデアが湧いてくるのか、自分でもわかりません。それって恐いですよね。ただ運がいいだけかもしれない…… そういうラッキーが続いてくれるのを祈るばかりです。
多くの作家が作品の登場人物から情報を得ている。登場人物たちは自立した存在として作家とコミュニケーションできるのだ。作家のヒラリー・マンテル氏曰く、彼女の小説『』は、「私が登場人物に聞いて」創作したのだと言う。彼女はこう問う:
どうやって私の意志とは無関係に動く登場人物を生み出せると思う? このアイデアはどこから来たっていうの?
『ハリー・ポッター』シリーズの作者J・K・ローリング氏によると、登場人物の何人かは「誰にもよくわからない謎のプロセス」を経て思いついたのだという。
この謎のプロセスを容易にするために神経刺激を利用できるだろうか。人為的な芸術の女神を呼び出すことはできるだろうか。この疑問に答えるためには、内なる声が聞こえる人々に注目しなければならない。
◆内なる声の科学
頭の中に誰かがいる――“声が聞こえて”そんなふうに感じることはよくある。ほとんどの人が、誰もいないのに名前を呼ぶ声が聞こえたというような体験を多少なりともしている。約2~3パーセントの人は、さらにいろいろな声を聞いている。
意地の悪い声は問題を引き起こしかねず、声を聞いた人は助けを求める。しかし、やさしく無害な声は、コントロールできるなら、声を聞いた人が助けをもとめる必要はないかもしれない。
ただのでたらめな声、傷がついたレコードのように何度も同じことを繰り返す声、過去を要約した記録のような声もある。しかし、もっと創造性に富んだ声もある。
フランスの数学者フランソワーズ・シャトラン氏は、聞こえてくる声に「数列を理解する過程で新たな扉を開ける」のを助けられたと語っている。イギリスの心理学者エレノア・ロングデン氏は、学生時代、試験中に内なる声が答えを教えてくれたと告白した。内なる声が教えてくれたアイデアと登場人物を使って本を執筆したイギリスのピーター・ブリモア氏は、「その声がなかったら本は完成しなかった」と話す。
ある調査によると、tDCSは統合失調症と診断された人たちに聞こえる声を減らす。このような研究は一般的に、思考や行動を計画し管理するの活動を高め、。
では、この実験を逆に、内なる声が聞こえない人々に対して行ったらどうなるだろう。科学誌『ニューロサイコロジア』で発表された最近の研究で、健康な志願者に対して同様の実験を行ったところ、ホワイトノイズの中で幻聴を体験する傾向が高くなることがわかった。他の研究では、左側頭頭頂接合部の神経を刺激すると、見えない誰かが傍にいるような感覚を引き起こすことがわかっている。
人為的に創造された芸術の女神に出会うまでの道のりはまだまだ長い。だが、このような調査によってそのが見えてくる。また、このアイデアが受け入れられるためには、内なる声が聞こえることを必ずしも病理の兆候として見るのではなく、時には有用かつ創造的で望ましい効果があるものとして認める文化的変革が必要だ。
◆神経科学では解明しきれないのが心の声
脳が私たちに話しかけるよう仕向ける方法は他にもある。目隠しや耳当てなどで特定の感覚をブロックする“感覚遮断”には、内なる声を呼び出す効果がある程度はある。祈りや瞑想のようなでも内なる声を聞くことができる。実際、タルパマンシーを実践する人たちは、瞑想によって明らかに感じられる存在を呼び出せると主張している。
もっと簡単な方法は、明らかに違法だが、DMTやサイロシビンのような幻覚剤だ。テレンス・マッケナ氏はかつてサイロシビンについて、「そこには待っている人がいる」と語っている。残念ながら、この出会いがどのようなものなのか、いかにして脳がその人々を作り出すのかについては、本格的な研究。このような研究は、人間の脳が持つ能力やその働きについて多くのことを私たちに示してくれ
内なる声を通してアイデアを呼び出すために神経刺激を使うことが可能だったとしても、倫理的には問題がないだろうか。声をコントロールできない、あるいはその言葉を望まない場合、苦痛や問題が生じかねない。また、目に見えないものはしばしば絶対的な存在に誤解されるので、内なる声は批判的に判断されず、無暗に神格化される恐れがある。
また、哲学的な意味で、私たちが作り出したものは何なのだろうか。それは、人間の知的な行動を示すことができるのだろうか。自意識的な感情を表現したり、意識したりするのだろうか。これこそ多くの作家が求めてやまないものだ。実際、前出のヒラリー・マンテル氏は、執筆のプロセスは「新たな意識が生まれてくるままにすること」だと語っている。
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by Naoko Nozawa