香港の風刺メディアの成功の背景には何があるのか

from Wikipedia, Calvinmanyin CC BY-SA 4.0

著:Oiwan Lam(Global Voices Regional Editor for Northeast Asia)

 香港のメディア業界は何年もの間、このデジタル時代に利益を挙げようと奮闘し、表現の自由への圧力がますます増加する中であっても論説の公平性を維持しようと努めてきた。実際、デジタル優先型ビジネスモデルに向けた方向転換を成功させる従来型企業は非常に珍しく、風刺に富んだメディア局である100Mostの新規株式公開(IPO)申請はそういった稀有なケースの1つだ。

 7月26日、人気の高い風刺メディア局でオンラインビデオ配信を行うTVMostの運営母体であるMost Kwai Chung Limited(毛記葵涌有限公司)と1,100万人以上のフォロワーを擁するFacebookページを持つ中国の雑誌社100Mostが香港証券取引所に株式上場申請の書類ドラフトを提出した。

 このIPOの申請書によると、2016年4月1日から2017年3月31日までの期間の同社の売上高は9,500万香港ドル(約210万米ドル)だった。その大部分はデジタルメディア広告から生じたものであり、粗利益は5,800万香港ドル(約140万米ドル)だった。これは2015年から2016年の会計年度内の売上高に対し74%の増加となっている。

 同社は、2010年1月にRoy Tsui(林日曦)、Chan Keung(陳強)、Bu(姚家豪)の3人の若者によって設立された。起業資金は1,000米ドル未満である。

 メディア制作会社は広告制作会社として位置づけられてはいるが、民主化運動や「本土化主義者」に傾倒した政見を使い、時事問題を風刺するバイラルコンテンツを継続的に制作し続けてきている。(本土化主義者とは香港の地域的な価値観や文化を中国のそれらよりも促進しようとする活動家を指す。) 実際、これら2つのメディア局の中国語名である「Most」や「Mou Gei」(毛記)は、同市のテレビ局Television Broadcast (TVB)や「Mou Sin」の広東語名のパロディーだ。毎日3分間放送される風刺的なニュース番組をはじめ、多くの人気番組もTVBの番組のパロディーとなっている。

 このTVMostと100Mostの成功がオンラインでの議論を巻き起こしている。一部のネット市民は、市場で生き残るために他の報道関係サイトはTVMostと100Mostのビジネスモデルから学ぶべきだと述べている。しかし、また別の人たちは、両社を品質の高いコンテンツファームと見ており、エンターテイメントやニュースのバイラルコンテンツへのキュレーションは純粋なジャーナリズムの活躍の場をさらに抑制してしまう恐れがあると懸念している。

 調査ジャーナリズムプラットフォームであるインティウムは、Mostの新しいメディアビジネスモデルに関するオンラインディスカッションの場を開設した。ここに寄せられたコメントをいくつか以下に抜粋してみよう。

 @LamwaaiはMost100の風刺的なニュース戦略をサポートした。

 「私は、Most100は若々しく、愉快なニュースメディアだと思います。このメディアは、新しく可能性にあふれたキャリアパスを様々なプレッシャーに晒されている若者に提供し、若者たちの人生の選択肢のひとつともなっています。」

 @sixstringsもMost100の風刺を支持し、その成功裏にある社会政治的なコンテキストを説明した。

 「なりすましと政治的パロディーの文化は香港にそのルーツがあります。3人の創設者たちは香港のテレビ局とラジオ局(香港政府が資金提供を行う放送局)でパロディーの制作に携わった経験を持ち、おそらくそこで時事問題と取り組んで視聴者を虜にする評判の高い戦略のセンスを身につけたのでしょう。

 私は、Most100は市民間の議論に火をつけたとは思いません。少なくとも、彼らはそのような意図を抱いていないと思っています。単に、政治的な娯楽としての位置づけに過ぎません。たぶん創業者たち自身さえ、そのような成功は予期していなかったことでしょう。Most100のパロディーが高い人気を博している理由は、人々は実際には社会を変えることができないという現実に関連しており、皮肉と風刺の中であれば社会を変える楽しみを味わうことができるからです。」

 @Mr Kwanは、Most100の風刺的なニュースが純粋なジャーナリズムに悪影響を及ぼすのを見た。

 「私たちは現在、インターネットとモバイル通信の時代に生きており、コンテンツは無料でなければならず、(従来の新聞と異なり)料金を払ってまで得るべきものではない、と人々は考えています。しかし、無料ではないコンテンツに出会うと、人々はその代替を探そうとします。[…]デジタルメディア部門は徐々に広告収入のページビューに依存するようになりました。[…]ページビューを向上させるために、エンターテイメント、煽情的な見出し、他人のゴシップやわいせつな話題に依存する戦術を用いてニュースがパッケージ化されています[…] Most100の成功は、大衆に人気のある嗜好を反映しています[…]

 Most100のコンテンツは時事問題のパロディーなのですが、徐々に、一般市民はMost100を代替ニュースとして捉え、彼らのコンテンツは『ニュース』として利用されています[…]これはジャーナリズムにとって望ましい展開ではありません。」

 メディア・ワーカーのラム・イン・ボング氏は、新メディア制作ビジネスとジャーナリズムを混同すべきではない、と非営利メディア局のスタンド・ニュースで主張した。

 「ニュースメディアは、自身が採るべき方法をまだ見つけられないでいる、と言えるでしょう。これは、Most100の成功からニュースメディアが何かを学べたり、または何かを学んだりしなければならないということではありません。

 最初に、Most100(および他の類似のプラットフォーム)はニュースを簡素化し、センセーショナルに表現しました。私たちはパロディーをエンターテイメントとして利用することはできますが、パロディーをニュースの情報源として考えるべきではありません。二番目に、他者の情報をコンテンツとしてリミックスするマーケティング戦略は、情報源を直接掘り起こすことで自身を社会のお目付け役として位置づけるニュースメディアとは相容れないものです。三番目に、ニュースメディアは保守的なので、企業が自社製品の販売構想を練るのを支援する役割を果たすことはできない、と私は思っています。」

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Translated by ka28310 via Conyac

Text by Global Voices