癒しの音楽として注目されるヒップホップ
世界各国で社会から疎外されたコミュニティが共鳴しているのは、社会的排除や差別に抵抗し、平等と正義のために戦うヒップホップの精神だ。ビートや詩的な歌い方が好きなだけという向きもある。ビートやリズム以外にも、B-GirlやB-Boyのダンス、DJのスクラッチやミックス、グラフィティ・アーティストの絵や文字など、いろいろ楽しめるものがある。MCやラップと合わせて、これらがヒップホップの基本的な4要素で、5つ目の要素は「Knowledge of Self」(自己認識や社会意識への欲求)だ。
このとっつきやすさと門戸の広さが、若者に対する効果的なセラピーのツールとしてヒップホップが受け入れられる所以だ。大抵の人が心地よく感じるスタイルはクライアントとセラピストのラポール(信頼関係)を築くきっかけとなり、歌詞の内容は自分自身を見つめ直し、学び、成長するための手段となる。既存の曲を分析するにせよ、新しいコンテンツを作るにせよ、ヒップホップの曲にはさまざまなテーマが込められているので、セラピストは口にしづらい話題に触れることができる。
繰り返しが多く予測しやすいヒップホップのビートは、特に作曲中や即興でパフォーマンスするときに、安心感をもたらすとも言われている。このことは、音楽の関与と自己統制を結びつける研究によって裏付けられており、規則性や安全性に乏しい日常を送る人々に信頼感を与えるとセラピストは推測している。
アメリカを拠点にした研究で、トラヴィス博士は、ネガティブなイメージにもかかわらず、ヒップホップを聴く人の多くは自己とコミュニティの啓発の強力な要因としてヒップホップをとらえていることを示した。具体的に言うと、対処、感情、アイデンティティ、個人的成長の分野における個人のメンタルヘルスによい効果があると、コミュニティにおけるレジリエンス(精神的な回復力)が促進されるのだ。
オーストラリアの学校で、クルック博士は、多様な背景を持つ学生にとってより広いコミュニティ、学習課題、そして学校により広く関わるためのポジティブな手段がヒップホップであることを発見した。博士はまた、最近の(未発表の)研究で、反抗的、まったくやる気がない、除籍の危機にあるとされる若者向けの短期集中ヒップホップ&ビートメイキング講座の効果について詳しく調査している。
研究の結果、学生たちは熱心に講座で学んだだけでなく、ポジティブな自己表現を見せ、指導者たちと深いラポールを築き、互いの社会的なつながりを強めたことがわかった。