米朝緊迫、グアム先住民チャモロ人を脅かす新たな衝突
【グアム、ハガニア・AP通信】 グアムに対するミサイル攻撃という北朝鮮の脅威を受け、グアム島の先住民からは平和を願う声があがっている。彼らは数世紀にわたり戦争行為に耐え続けたにもかかわらず、またも新たな対立に巻き込まれ辟易している。
アメリカ領グアムの人口160,000人のうち、約3分の1がチャモロ人だ。チャモロ人はグアムの先住民族で、推定3,500~4,000年前にインドネシア及びフィリピンからグアムに移り住んだとされ、世界で初めて海を越え移住した民族のひとつとも言われる。
グアム島に移住して以降、チャモロ人はスペイン人開拓者による植民地化、第二次世界大戦中の激しい交戦、そして島で着々と拡大するアメリカ軍の駐留といった苦難に耐えてきた。グアムに詳しいある専門家によると、アメリカ対北朝鮮の戦争が勃発し、グアムが標的となれば、グアムの土着文化にとっては「破滅的な被害をもたらす、言葉にならないほど悲惨な」事態になる。
グアム大学のチャモロ学准教授、マイケル・ルハン・ババクア氏は「グアムを始めとする島々はチャモロ人の起源だ」と言う。「事実、その地には私たちチャモロ人の骨が埋まっている」。
チャモロ人は独自の伝統を持つ。例えば最近ディズニーのアニメ映画『モアナと伝説の海』で注目された航海術や、島への入植者や宣教師がもたらしたローマカトリック教の宗教的遺産などがある。スペインの影響を受けるようになったのは、16世紀に探検家フェルディナンド・マゼランがグアム島に到達してからだ。
チャモロ人は祖先の地を守り、先住民族としての権利を主張し、それなりの自治権を獲得しようと奮闘してきた。このような苦難を世界に伝えようと、今週開催された平和集会に多くのチャモロ人が集結した。
平和集会にはグアムに古くから伝わるマーマーと呼ばれる花冠を被った女性や、腰巻を身に着け、伝統的な彫刻を施した首飾りをつけた男性の姿も見られた。参加者のひとりが、奮起の合図としてホラガイを鳴らす場面もあった。
アーティスト兼議員秘書のモニャカ・フローレス氏 (39) は「グアムの平和は世界の平和。だから平和集会はこの島のチャモロ人だけでなく、世界中の皆が団結し、立ち上がることを求める活動だ」と述べた。「グアムにもしもの事があれば、地球規模の戦争へと発展する。これはグアムの人々を尊重するよう求める活動だ。そしてグアムという地を尊重し、私たちと共に立ち上がるよう求める活動でもある」。
第二次世界大戦中、アメリカと日本によるグアムを巡る争いが勃発し、グアムの首都ハガニアがほぼ壊滅した。戦後の時代においてもグアムの復興に向けた取り組みはほとんど実施されないままだ。
グアム公園娯楽省の歴史学者、マリア・トニー・ラミレス氏は、この3週間に及ぶ争いについて、「これによりグアムの人々が長年培ってきたものが消し去られた。彼らが数世紀にわたり共に歩んできたものが破壊されてしまった」と述べた。
ラミレス氏によると第二次世界大戦後、ホテルの建設やリゾート開発と同様に、アメリカ軍の基地建設によりさらに多くの史跡が壊された。
チャモロ人とは、グアム島と、マリアナ諸島にあるグアムより小さな近隣の島々に定住した、最初の人々の子孫のことだ。米西戦争の後、1898年にアメリカがグアムを征服した。それから1941年に日本が支配するまでは、アメリカ海軍が島を統治していた。その後1950年にアメリカがグアムに文民統制制度を導入し、島民に市民権を付与した。
現在、チャモロ人を始めとするグアム島民の間には、島の独立を望む意見もある。あるいは近隣のいくつかの島々のように「自由連合」という関係を確立したいと願う島民もいる。アメリカと自由連合を結ぶ島は、アメリカに島及びその海域へのアクセスを独占的に認める一方、島民はアメリカで居住、就労する権利を獲得できる。
Free Association Task Force (訳:自由連合タスクフォース) の議長を務める活動家のエイドリアン・クルス氏によると、チャモロ人はチャモロ語を話し、独自の伝統を維持することで4,000年もの間団結してきた。さらにクルス氏は、第二次世界大戦中やスペインの統治時代においてもそうであったように、何が起ころうともチャモロ人は大丈夫だと述べている。
「チャモロ人はレジリエンスのある民族だ。私たちは生き延びる」とクルス氏は言う。
By GRACE GARCES BORDALLO and AUDREY McAVOY
Translated by t.sato via Conyac