ATMから出てくるのはお金だけではない:現金に付着しているのは汚れと麻薬
著:Johanna Ohm(ペンシルバニア州立大学 Graduate Student in Biology)
我々が暮らす世界は、汚れている。どこに行っても、我々は微生物に囲まれている。細菌や菌類そしてウイルスは、携帯電話やバスの座席、ドアノブや公園のベンチにも存在しており、人は握手や飛行機の座席を介して微生物を移しあっている。
そして今、我々は通貨を通じて微生物をもやりとりしていることが、研究者によって明らかになっている。紙幣の一枚一枚がチップジャーから自動販売機、メーターメイド(駐車違反の監視員)まで、元いた環境のわずかな痕跡とともに人から人へと渡り、その痕跡が次の人へ、そして次の場所へと移っていく。
紙幣に残存していたものの中には、ペットのDNA、薬物の痕跡、そして病気を引き起こす細菌やウイルスが含まれている。
この発見から、物言わぬ通貨がいかに人間の活動記録を記録するか、そしていわゆる「モレキュラーエコー(分子的やまびこ)」を残すか、ということがわかる。
◆1ドル紙幣には何が付着している?
2017年4月、最新の研究によって、ニューヨーク市で流通する紙幣に100種類以上の細菌がいることが判明した。紙幣に付着する微生物でもっとも多かったのが、ニキビの元になることで知られるプロピオニバクテリウム・アクネスと人間の口内に常在する口腔レンサ球菌などだった。
さらにニューヨーク大学の生物学者、ジェーン・カールトン(Jane Carlton)氏が率いる研究チームは、家畜や特定の食物にかかわる特殊な細菌のDNAの痕跡も発見した。
同様の研究で、ATMのキーパッドに残るDNAを復元したところ、地域によって住人の食べているものが異なることがわかった。様々な種類の硬骨魚や軟体動物を食べるフラッシング地区やチャイナタウン地区の住人と比べ、セントラルハーレム地区の住人は国産の鶏肉を多く食べていた。人が食べたものは指を介してタッチパネルに付着しており、科学者チームは、彼らが最後に食べたものの一部を復元したのだ。
我々が残すものは、食べ物だけではない。ドル札の約80%にコカインの痕跡が残っている。他にもモルヒネやヘロイン、メタンフェタミンやアンフェタミンといった薬物も紙幣から検出されているが、コカインほど多くはない。
金銭のやりとりをもとに、人が摂取した食べ物や薬物を特定しても、それほど役に立たないと思われるだろう。しかし、この種のデータは、科学者が病気のパターンを知ることにも役立っている。ニューヨークの研究者が特定した微生物のほとんどは、病気を引き起こすものではない。しかし、通貨が病原となる菌やウイルスを媒介することもある、と示唆する研究もある。
サルモネラ菌や大腸菌の病原株など、食中毒を引き起こす細菌はペニー、ニッケル、ダイム(それぞれ1、5、10セント通貨)などで生存することが確認されており、ATM機に潜んでいる可能性がある。アメリカおよびカナダの紙幣では、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)といった皮膚感染症の原因菌が発見されている。しかし、それがどの程度感染を拡大するのかは、わかっていない。
細菌汚染の予防策を講じても、菌は人とともに移動し、人の間を行き来する。ただここで朗報だが、病原となる微生物がATMなどの場所で生存していけるとしても、人がそれらに触れることで病気感染することは、ほとんどない。
◆マネーローンダリング
通貨が病気の伝染にかかわることはまれで、ATMを起点に病気が大流行したことはない。ただ、金銭によって病気が伝染することは一般的でないとはいえ、それを洗浄する方法もないわけではない。
複数の研究者が、商取引の合間に金銭を洗浄する方法を開発している。ある機械を使い、一定の温度と圧力下で古い紙幣を二酸化炭素にさらす。すると、人の指を介して付着した油や汚れを落とすことができ、熱による殺菌効果もある。
アメリカの紙幣はいまだに綿とリネンを合成して製造されているが、これはプラスチックポリマーよりも細菌が増殖しやすいと見られている。天然繊維製の紙幣を、細菌が住みにくいと思われるプラスチックに移行している国もいくつかある。カナダでは2013年以降、イギリスでは昨年プラスチック素材の紙幣に変わった。
我々が使う通貨が直接病気を広めることはないとしても、ドル紙幣の移動履歴を使って、病気がどのように伝播していくか追跡することは可能だ。1998年に作成されたウェブサイト「WheresGeorge.com」は、シリアル番号を記録しておけば、そのドル紙幣を追跡できるというサービスを提供している。サイト創設以来約20年、WheresGeorgeは総額10億ドルを超える紙幣の位置情報を追跡してきた。
マックスプランク研究所とカリフォルニア大学サンタバーバラ校の物理学者グループは、WheresGeorgeサイトのデータを使って病気の流行を追跡している。 WheresGeorgeが提供する、人の移動や接触率に関する情報は、2009年の豚インフルエンザの流行予測にも活用されていた。
通貨がどの程度病気を拡大させるかは不明だが、現金を扱う場合は、「お母さんの言いつけ」をきちんと守るのが一番いいだろう。つまり、きちんと手を洗うこと、そして口の中には入れないこと、だ。
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by isshi via Conyac