数千万円の客室を購入したのに… 世界一周クルーズ船、夢の生活が暗転

カンボジア・シアヌークビルに停泊するクルーズ船「オデッセイ」(10月29日)|Heng Sinith / AP Photo

高額な客室を購入し、世界を旅しながら暮らすはずだった人々が、突然、船を下りることになった。2年以上にわたって世界各地を巡ってきた居住型クルーズ船「オデッセイ」が、燃料価格の高騰を理由に運航を停止。乗客たちはカンボジアでの思いがけない滞在を強いられた。しかし、運営会社が以前から資金難に陥っていたことを示す証言も出ており、燃料高騰だけでは説明できない経営上の問題が浮かび上がっている。

◆突然の運航停止 乗客に下船命令
問題の船は、全長約200m、最大650人収容のクルーズ船「オデッセイ」だ。アメリカ・フロリダ州に拠点を置く「ヴィラ・ヴィー・レジデンス」が運営しており、2024年10月に北アイルランドのベルファストを出港し、「世界一周の連続航海」に乗り出していた。

ところが、運営会社は10月27日、運航停止を発表。カンボジアのシアヌークビルに停泊していた船の乗客に、下船を求めた。乗客らの証言によると、当日の午後2時までに下船するよう、わずか数時間の猶予で通告されたという。シアヌークビルはかつて閑静なビーチタウンだったが、近年は中国系カジノや詐欺拠点の集積地として悪名が広まっているとBBCは伝えている。

運営会社は、イランでの戦争に伴う燃料価格の高騰が、事業に「持続不可能な財政的圧力」をもたらしたと説明した。中東からのエネルギー供給に依存するアジアの一部地域では、客室1室当たりに換算した月間燃料費が、従来の約1800ドル(約28万円)から推定6000~8000ドル(約95万~126万円)にまで上昇したという。

運営会社は、航行速度を落とし、寄港時間を延ばすなど燃料消費の削減に努めてきたが、コストの上昇を吸収できなかったと説明。増加分を全額居住者に転嫁することも現実的ではなく、営業損失をこれ以上負担し続けることはできないとした。今後60日間にわたり事業再編と資本再構築に取り組む方針を示したが、資金調達などは確定しておらず、成功の保証はないとしている。

◆悠々自適のはずが…… 夢の生活が暗転
NBCニュースなどが伝えたカンボジア当局の説明によれば、10月23日にシアヌークビルに到着した際、船には乗客203人と乗組員156人が乗っていた。プレア・シアヌーク州のロン・ディマンシュ副知事によると、下船後、一部の乗客はすでに飛行機で出国しており、ほかの乗客はシアヌークビルで待機していたという。

運営会社のウェブサイトによれば、「オデッセイ」は3年半で150か国近くを巡る計画だった。5年間の居住プランは5万9999ドル(約950万円)からで、客室の購入価格は11万9999ドル(約1900万円)からとなっている。客室の購入者は別途、食事や飲み物、Wi-Fi、診療、清掃などの費用を含む月額維持費を支払う必要があり、部屋の種類に応じて3299ドル(約52万円)から9500ドル(約150万円)に設定されていた。安いとは言えないが、ほかの居住型クルーズ船と比較すれば比較的手頃な選択肢だったとガーディアン紙は指摘している。

乗客の中には、以前から運営会社の財政難を認識していた人もいた。救済してくれる投資家が現れることを期待していたというカップルは、実際に運航停止が告げられると信じられない思いで、夢が打ち砕かれたような気分だったとBBCに語っている。ガーディアン紙によれば、乗客の大半はアメリカ人で、このカップルは15年間の保証付きで客室を購入したと話している。

◆燃料高騰だけではない? 浮かび上がる経営上の問題
運航停止の背景には、燃料価格の高騰以外にも問題があったとみられる。NBCニュースによると、以前乗船していた女性は、9月上旬の説明会で運営会社の担当者が、ベトナムのハロン湾から出港するために必要な100万ドル(約1億5800万円)の資金調達への協力を客室所有者らに求めたと証言している。女性によれば、資金を確保できなければ、あと4日ほどしか船を運航できないと説明されたという。

ブルームバーグのオピニオン・コラムニスト、デビッド・フィクリング氏は、定員650人に対して乗客が約200人にとどまっていたことから、稼働率の極端な低さが経営を圧迫していたと分析する。船を動かすための燃料は乗客が少なくても必要となるため、乗客1人当たりの負担が膨らむ構造だったという。

さらに、ヴィラ・ヴィー・レジデンスは運航するクルーズ船が1隻しかなく、大手クルーズ会社のように複数の船でリスクを分散することができなかった。大手が活用する燃料価格の変動リスクを抑える仕組みや、需要に応じた柔軟な客室価格の設定といった面でも違いがあり、こうした事業構造の弱さが燃料高騰の影響を増幅させたと同氏は指摘している。

また、ピープル誌によれば、2023年設立の運営会社は、過去に乗客や従業員から契約解除、契約違反、残業代の未払いなどをめぐる複数の訴訟を起こされていた。NBCニュースは、46万9000ドル(約7400万円)で客室を購入した企業が、運営会社から財務の安定性について誤解を招く説明を受けたとして提訴した事例も報じている。運営会社はこの訴訟で主張を否定しており、審理が続いているという。

衛生面でも問題が指摘されていた。2025年7月に実施されたアメリカ疾病対策センター(CDC)の船舶衛生検査では81点となり、不合格と判定された。食品の保管や冷蔵設備、水の塩素濃度など、計44件の違反事項が記録されていた。

その後、CBSニュースは11月1日、融資元が「オデッセイ」の管理権を取得したと報じた。船はシンガポールに移され、将来的に競売にかけられる可能性もあるという。ただし、運営会社は売却が決まったわけではないと説明しており、事業を立て直すための新たなパートナーを探している。

燃料高騰をきっかけに表面化した運営会社の経営危機だが、居住型クルーズの運航再開に向けた道のりは、依然として不透明なままだ。

Text by 山川 真智子