37年ぶり交代 エルメス・メンズ新ディレクター、ウェールズ・ボナー ルーツと革新への期待

ファッション・アワード2023のグレース・ウェールズ・ボナー(左)|Fred Duval / Shutterstock.com

 エルメスは、メンズ・プレタポルテ部門の次期クリエイティブ・ディレクターに、ジャマイカ系イギリス人デザイナーのグレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)を任命した。1990年生まれ、35歳のボナーは、メンズウェア部門アーティスティック・ディレクターとして37年間デザインを手がけてきたヴェロニク・ニシャニアンの後任となる。初コレクションは2027年1月に発表される。

◆新デザイナーへの期待
 エルメス・メンズ部門の新たなトップの発表にあたり、エルメスの総合アーティスティック・ディレクター、ピエール・アレクシ・デュマは「メゾンのヘリテージと『今』を見据えた自信あるスタイルを融合させてくれると確信している」とコメント。一方のボナーは、「優れた職人やデザイナーたちの系譜を継ぎ、新たな章を始められることは夢の実現です」との声明を発表。過去のインタビューでも「夢のひとつは、エルメスのようなブランド、あるいはサヴィル・ロウ(仕立て屋が並ぶロンドンの高級紳士服街)の仕立て屋のような場所で働くこと。『仕立ての技術』こそが、私の活動の核心にあるものだから」と語っていた。

 2014年にファッションの名門校である英セントラル・セント・マーチンズを卒業。同校で開催されたファッションショーでは「ロレアル・プロフェッショナル・タレント・アワード2014」を受賞し、業界の注目を集めた。卒業と同時に自身の名前を冠したブランドを設立し、2016年に「LVMHヤング・デザイナー賞」、2021年にCFDA(アメリカ・ファッション・デザイナーズ協議会)「インターナショナル・メンズ・デザイナー・オブ・ザ・イヤー」賞、2024年には「ファッション・アワード」で「ブリティッシュ・メンズウェア・デザイナー・オブ・ザ・イヤー」賞を受賞するなど、高い評価を得てきた。

 また、2020年に発表したアディダス・オリジナルスとのコラボレーション・コレクションは大きな人気を博し、即完売。2025年にはメトロポリタン美術館で開催されたメットガラのホスト委員会のメンバー兼デザイナーにも選ばれ、グローバルなファッションシーンにおける存在感を確立した。

◆黒人の歴史や文化に着想を得たデザイン
 ブランド「ウェールズ・ボナー」は、アフリカ系黒人とそのディアスポラの歴史、思想、スタイル、黒人の男性性、リプレゼンテーションといった概念に着想を得たコレクションが特徴的だ。ボナーの父はジャマイカ出身の黒人、母は白人のイギリス人。5歳のときに両親が離婚し、白人が多く住む地域で育ったが、父とのつながりを保ちつつ、ロンドンに住むジャマイカ系やナイジェリア系移民の暮らしにも影響を受けた。弁護士である父は熱心な読書家で、特に西インド諸島の作家の作品を娘にも薦めたという。こうした背景から、ボナーは黒人の歴史や思想家への関心を深めていった。

 ボナーの卒業コレクションのテーマは「Afrique」。1970年代のナイジェリア・ラゴスとココ・シャネルの世界観を融合させ、独自の美学を構築した。2015年秋冬コレクション「Ebonics(黒人英語)」では、19世紀美術における黒人のポートレート作品の研究に基づいたデザインを発表。アフリカ文化で重要な意味を持つカウリ貝とベルベット生地を組み合わせ、新たな芸術的価値を表現した。彼女は調査研究をデザイン手法の根幹に据え、セネガルやカリブ海のグアドループなどを訪れ、世界各地に広がるアフリカ系ディアスポラの歴史と文化を紐解く。

 「ファッションは、アイデンティティや祖先、系譜といった概念を探求し、異なる時代と接続するための手段だと感じる」と語るボナー。自身のブランドを通じて黒人の歴史や文化に光を当ててきた彼女が、エルメスにもたらす革新に大きな期待が寄せられている。

Text by MAKI NAKATA