ヴィクトリアズ・シークレット、セクシー重視のショーを一新 インクルーシブ目指す
ヴィクトリアズ・シークレットは20年超にわたり、毎年恒例となっている大規模なイベントで男性目線のセクシーさを土台としたイメージを押し出してきた。そのイベントは豪華絢爛なファッションショーで、ナオミ・キャンベルがスワロフスキーのクリスタルで覆われた羽に、Tバックと100万ドルのファンタジーブラをまとって颯爽とウォーキングを披露するなど、スーパーモデルを起用していた。
そして9月6日夜、4年間の空白を経て、あのランジェリーブランドがついに復活を遂げた。ファッションイベントを開催し、世界各地から20人のクリエイターをフィーチャーしたドキュメンタリースタイルの映像を公開したが、方向性を一新。あらゆる体形を賛美する内容だった。
皮膚疾患の白斑を患うウィニー・ハーロウなどトップモデルが、ブランドの作品をまとって登場。イベントでは、ありとあらゆる体形のマネキンに、クリエイターが手がけたルックを着せる演出もあった。
9月26日からアマゾンプライムで各国に配信予定のヴィクトリアズ・シークレット・ワールド・ツアーには、同社としては過去5年間で最高額のマーケティング投資が注ぎ込まれたが、そこには過度にセクシーなイメージを覆そうというここ最近の方針が盛り込まれていた。セクシーすぎるイメージは多くの女性から敬遠されがちで、数年間続く売上低迷の要因となっていたのだ。
そのような取り組みの一環として、広告や店舗のマネキンでふくよかな女性が目立つようにマーケティングを改革し、乳房切除術後用のマステクトミーブラや着け心地重視のスポーツブラにも手を広げるなどしている。さらに店舗を改め、照明を明るくして壁はブラッシュピンクに変更した。ヴィクトリアズ・シークレットのモデル「エンジェル」は、多様性に富んだ10人の女性にメンバーチェンジ。エンジェルに選ばれた女性はブランドにアドバイスを提供し、ソーシャルメディアでのプロモーションも担当した。
長年ヴィクトリアズ・シークレットのエンジェルを務めたブラジルのスーパーモデル、アドリアナ・リマはレッドカーペットで「私がなぜここにいるかというと、娘がいるから。娘のなかにはモデルになりたい子もいて、この日、ヴィクトリアズ・シークレットをはじめとするさまざまなブランドが、それぞれのステージで女性を歓迎し祝福していると感じています。美しいことですよね」と述べた。
ナオミ・キャンベルはAP通信の取材に対し、ヴィクトリアズ・シークレットで仕事をしたい、制作をしたいと願う女の子はたくさんいるが、「今こそ、チャンスをつかむ時」と話している。
しかし、ヴィクトリアズ・シークレットは厳しい状況下での戦いを強いられていると指摘する専門家もいる。
マーケット調査会社のユーロモニター・インターナショナルによると、ヴィクトリアズ・シークレットは、売上高では今もアメリカ最大のランジェリーブランドとして君臨し続けているが、マーケットシェアを見てみると、アメリカンイーグルの「エアリー」や新手のオンラインブランドなど、規模は小さいがもともとインクルーシブで着け心地にもこだわっているライバル企業に押され、2017年の31.2%から昨年は18.7%に落ち込んでいる。
オハイオ州レイノルズバーグに拠点を置くヴィクトリアズ・シークレットは昨年、オンラインで展開するライバル企業のアドアミーを4億ドルのキャッシュで買収したが、7月29日締めの四半期にも売上高は減少した。今年いっぱいは売上減少が続くとの予測を発表している。
ヴィクトリアズ・シークレットのマーティン・ウォーターズCEOはアナリストらに対し、業績回復にはある程度の時間を要すると説明した。
同氏は「我々のブランド革命も戦略も、一夜にして最大限のポテンシャルを発揮してくれるものではありません。我々はまだ道半ばです。この荒波を切り抜ければ、未来が開ける。成長への道は確かにあると信じています」と述べている。
ヴィクトリアズ・シークレットが長きにわたり無敵の栄華を誇っていたのは、遠い昔の話ではない。
1970年代末、故・ロイ・ラーソン・レイモンド氏が、妻の下着を買うことに羞恥を感じたことから、ヴィクトリアズ・シークレットを創設した。1982年、リミテッド・ストアズ(2013年にエル・ブランズにリブランド)の創始者であるレスリー・ウェクスナー氏がそれを買収し、小売業界の一大勢力へと拡大。それからヴィクトリアズ・シークレットは1990年代半ばまで、スーパーモデルを起用しランウェイとインターネットを賑わせた。
ところがヴィクトリアズ・シークレットの売上は、#MeToo運動が始まった2017年に下降を始める。女性たちがこの運動をきっかけとし、女性の体をポジティブに支えることに重きを置いたブランドを求めるようになったのだ。そして2019年、ヴィクトリアズ・シークレットで長らくマーケティングの最高責任者を務めたエドワード・ラザーク氏が退任。同年に、ファッションショーについて再考すると発表した。
ウェクスナー氏は2019年、性行為目的で人身取引をしたとして起訴された投資家の故・ジェフリー・エプスタイン氏との関係について謝罪したが、2020年にはエル・ブランズのCEO兼会長の座を退き、その1年後に取締役を辞任。これにより同社から完全に手を引く形となった。2021年、ヴィクトリアズ・シークレットはエル・ブランズから分離し、別会社となった。
マーケティングコンサルタント会社メタフォースの共同創立者、アレン・アダムソン氏は「ヴィクトリアズ・シークレットはとてもわかりやすいストーリーを掲げていました。しかし不幸なことに、そのストーリーが毒を持つようになったのです」と言う。
昨年、歌手のジャックスが「ヴィクトリアズ・シークレット」というタイトルの楽曲を発表。「ヴィクトリアの秘密を教えてあげる 信じられないかもしれないけど 彼女はオハイオに住んでるおじさんで 私らみたいな女の子でお金儲けをしてるんだって」という歌詞で、ブランドを批判した。
アダムソン氏によると、ヴィクトリアズ・シークレットは現在、体形の多様性と着け心地のよさについて、どの企業にもあるようなメッセージを押し出しているが、反響はいまひとつだ。
ペンシルバニア大学2年生のシエラ・マリエラ氏(20)は、ヴィクトリアズ・シークレットのメッセージは白々しく思えて、少なくとも5年は店舗に足を踏み入れていないという。下着が必要なときは、ターゲットで買うか、個人が古着を売買できるデポップを利用している。
同氏は「ステレオタイプの瘦せ型とは違う体で生きてきましたが、ブランドの作り出す雰囲気は、かなり限定されたタイプの人のためのものだと感じていました。ほかのブランドのほうが、親近感を感じられました」と言う。
ウォーターズ氏は投資家会議で9月6日のファッションイベントについて「ファッション、アート、音楽、ポピュラーカルチャー、どれをとっても文化的にどこよりも高い適合力を取り戻す機会をブランドに与えてくれた」と話している。
そこには「地球規模で女性の気持ちを高め、女性を支える」という企業の使命が反映されている。
ドージャ・キャットのパフォーマンスで幕を開けた6日のイベントでは、ヴィクトリアズ・シークレットが制作した映画の一部が公開された。そこにはクリエイターが手がけたルックと、同社のデザインチーム制作のオートクチュールコレクション両方のランウェイショーも収められている。ヴィクトリアズ・シークレットでは、オートクチュールのアイテムから着想を得たシルクのローブ、レースのパンツ、ビスチュといった13作品を展開中で、9月末に販売を予定している。
映画では、ナオミ・キャンベル、アドリアナ・リマ、ジジ・ハディッドなどヴィクトリアズ・シークレットのショーで活躍した有名モデルを多数フィーチャーしているが、ここ数年に起用しているパロマ・エルセッサーのようなふくよかなモデルにも多くスポットをあてた。
コロンビアのボゴタ出身のデザイナーで、映画に出演しているメリッサ・バルデス・デュケ(24)は、女性の体と心の傷を象徴したクロシェ編みのルックを制作した。デュケは、ヴィクトリアズ・シークレットが一定の非現実的な基準を支持していたことを認めている。
デュケは「体と美に関しては一定の基準があり、全員が従っていました。しかしブランドも人間も、私たちはみんな成長します」と話す。
By ANNE D’INNOCENZIO AP Retail Writer
Translated by t.sato via Conyac