広がる選択肢——サブスクリプション型ジャーナリズムの可能性

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 注目された先月3日の米大統領選を控えた10月末の週、米ニューヨークタイムズの購読者が700万人を超えたと同紙が発表した。同紙は、今年のQ3(6-9月期)、2011年に『nytimes.com』記事の課金モデルを開始してから初めて、電子版の売上高が紙の売上高を上回るというマイルストーンを記録。今回の700万人のマイルストーンの達成も、電子版購読者の増加が牽引したものだ。(同紙がコロナウイルス関連記事については無料で公開してきたという点は特筆しておく)

 フェイク・ニュースやSNSの高度なアルゴリズムによる偏見の助長といったオンライン・メディアの課題、マスメディアの質の課題、出版メディア業界の縮小、それに伴うジャーナリストの失業など、メディア業界にはさまざまな課題があるなか、このニューヨークタイムズ・電子版課金モデルの成長は、質の高いジャーナリズムを求める人々の増加と、サブスクリプション型のメディアを示唆する事実である。加えて、NetflixやSpotifyなどの普及で、デジタル・コンテンツに毎月一定額を支払うということが、ライフスタイルの一部として定着しつつあるという背景もある。一方で、インターネット上の多くのコンテンツやサービスは、広告表示や個人データ提供と引き換えに、ユーザーが無料で利用できる状態にある。本記事では、いくつかのメディアを例に挙げ、インターネット時代のジャーナリズムにおける、限界や可能性を考察する。

◆ニュース報道に抗う『コレスポンデント』の挑戦
 デジタルのみ、かつ購読者で成り立つメンバーがつくるインディペンデントなメディアとして注目される、オランダ・アムステルダム発、オランダ語のデジタルプラットフォーム『コレスポンデント(De Correspondent)』。2013年、1万8933人の支援者から170万ドル調達し、当時ジャーナリズムのクラウドファンディングプロジェクトにおける世界記録を作った。『コレスポンデント』は、ロブ・ワインベルグ(Rob Wijnberg)とヘラルド・ドュニンク(Harald Dunnink)が2013年9月に創設。ワインベルグは、『コレスポンデント』創設前、オランダの全国紙「NRC Handelsblad」の朝刊の編集長を務め、高学歴の若者にターゲットを絞った戦略で8万人の購読者を獲得した実績を持つ。

『コレスポンデント』は既存のニュース速報への挑戦を一つの原則としている。今日起きたセンセーショナルな出来事ではなく、毎日起きていることの背景にある基礎構造に着目するというのが基本姿勢だ。一つ一つの記事は長めで、各記者なりの視点に基づいた調査、考察、議論が展開される。

『コレスポンデント』は2018年、英語版ローンチのためのクラウドファンディングキャンペーンを実施。その資金を元に2019年9月、5万人のメンバーを集めて英語版の『コレスポンデント』を開始した。グローバル版とも言える英語版では、多様なチームメンバー、記者を採用。今年9月には、オーディオ記事を配信する独自のアプリも展開していた。

 成功の一途を辿っていたように見えた『コレスポンデント』だが、今月10日、年内をもって英語版『コレスポンデント』の記事配信を終了すると発表した。マネジメント・メンバーの発表によると、この3ヶ月の間に購読メンバーの数が大幅に減少し、経費を維持することが困難になったとのことだ。英語版クラウドファンディングに参加した初期購読者の約7割が年間購読を更新せずに、購読を中止した。パンデミックで各国、異なる状況が日々変化するなか、自分の国・地域の情報に対するニーズが高まり、140ヶ国にまたがるメンバーに対して、いわゆるニュース報道ではない記事の配信、つまり『コレスポンデント』流のジャーナリズムを続けることが難しくなったと解説している。

『コレスポンデント』は、クラウドファンディングによる資金調達だけでなく、各記事のコメント欄における読者とのディスカッションを重要視するなど、メンバーシップがつくるコミュニティをジャーナリズムの核とし、読者を信頼し、対等な立場や透明性を重要視してきた。たとえば、英語版の『コレスポンデント』は年間講読料を固定せず、読者が自由に金額を設定できるような仕組みにしていた。結果的に、前年と比較して、今年の平均年間購読料が下がってしまったようだ。また、今回の『コレスポンデント』の中止にあたり、講読料を全員に全額返金するとのポリシーも発表された。利益ではなく、質にこだわるジャーナリズムを、持続可能なビジネスモデルとして成立させる難しさを、あらためて認識させられる事例だ。

Text by MAKI NAKATA