アップル ティム・クックCEOの9年間 ジョブズ氏と異なるビジョン実現
2011年にその生涯を閉じたアップルの共同創業者スティーブ・ジョブズ氏は、余人をもって代えがたい類まれな人物だった。だが、ティム・クック氏の会社運営も順調のようであり、同氏の後継者もまた重い責任を負うことになるのかもしれない。
ジョブズ氏が生前に築き上げた象徴的なフランチャイズの管理人にすぎないとみられていたクック氏は、将来に向けた基盤となる独特なレガシーを築いてきた。クック氏は9年前の8月24日、アップルの最高経営責任者(CEO)に就任した。今年のその日に、アップルは彼の在任中2回目となる株式分割を行い、8月31日から分割調整後の取引を始められるよう株式が設定された。
長年アップルのアナリストを務めたループ・ベンチャーズのマネージング・パートナー、ジーン・ミュンスター氏によると、確実な後継者として育成されたクック氏は「スティーブ・ジョブズ氏による最大の功績の一つだが、あまり高く評価されていない」と述べている。
1対4の株式分割については、株価への影響はないとされるが、投資家の購入意欲をそそる機会を大いに提供することとなる。これこそ、クック氏が率いるアップルの成功を物語る一つの尺度といえる。クック氏のCEO就任当時、アップルの時価総額は4,000億ドル足らずだったが、今ではその5倍の水準にまで増加し、アメリカ企業で初めて2兆ドルを超えた。アップル株価は、9年間で約3倍になったベンチマーク指標のS&P500指数をはるかにしのぐ値上がりとなった。
しかし、これまでの道のりは決して気楽なものではなかった。クック氏が直面している課題には、スマートフォン市場の成熟化に伴うiPhoneの販売減速、ユーザーのプライバシーをめぐるFBIとの対立、アメリカと中国の貿易戦争によるiPhone価格上昇への懸念、さらにはアップルストアの多くを閉店させ、経済を深刻な不況に陥らせている新型コロナウイルスの感染拡大などがある。
クック氏(59)もまた、新たな事業領域に進出した。アップルは現在、四半期配当を実施している。これはジョブズ前CEOが拒んだ施策だ。配当はピークを過ぎた落ち目の企業がするものだとジョブズ氏は考えていた。クック氏はまたその強力な地位を利用して、公民権と再生可能エネルギーを擁護しているほか、個人的には2014年にフォーチュン500企業CEOのなかで初めて同性愛者であることを公にした。
アップルでは、クック氏へのインタビューを受け入れていない。だが、ジョブズ氏がすい臓がんと闘っていたとき、アップルを率いていたクック氏が財務アナリストに語った2009年の発言があるという。
経営の指揮を執るアップルがどのような会社になるかと問われたクック氏は、「自社製品を動かす主要な技術を所有・制御」しなくてはならないとしていた。同社はこの発言を実行し、iPhoneとMacを供給する主要なチップメーカーになった。さらに、「会社にとって真に重要で意味のある少数のプロジェクトに集中できるようにするため」アップルは大半のプロジェクト推進を抑制すると述べている。
この集中戦略はアップルにとってよい方向に働いた。だが同時に、クック氏が指揮するアップルは、iPhoneに続く画期的な製品の開発にはほとんど失敗している。スマートウォッチとワイヤレスイヤホンをマーケットリーダーとして登場させたが、ゲームチェンジャーにはならなかった。
クック氏とほかのアップル幹部は、スマホの画面やハイテクのアイウェアを使ってデジタル画像を現実世界に写し出す拡張現実(AR)の分野で大きな成功を収めたいという意向をほのめかしていた。この技術を誇大宣伝してきたほかの企業にもいえることだが、アップルはまだ成果を出していない。
音声で起動するデジタルアシスタントでとくに重要性が高まっている市場において、人工知能(AI)の分野でも依然として遅れをとっている。アップルのSiriは同社のデバイスで広く使用されているものの、アマゾンのAlexaとグーグルのデジタルアシスタントは、とくに家庭やオフィスでの人々の生活管理を支援する分野に大々的に進出している。
クック氏のリーダーシップの下で、アップルは幾度となく苦い経験をしている。
2017年には、ソフトウェアのアップデートによって故意に、しかし秘密裏に旧式iPhoneの性能を低下させ、古くなったバッテリーの寿命を上辺だけ延ばしたことで顧客の離反を招いた。多くの消費者は当時、高価な新型iPhoneの販売を促進しようとするアップルの戦略だとみなした。ユーザーの怒りが広がるなか、アップルは消耗したバッテリーを大幅な割引価格で交換する提案をした後、この件に関する集団訴訟を解決するために5億ドルを負担している。
法人税を最小限に抑えるための積極的な取り組みのほか、アップストアの市場支配力を濫用して過度な手数料を要求し、自社のデジタルサービスに対する競争を阻害したという不満に対して、政府が調査を行っている。税金面に関しては、7月に裁判所が違法性は認められないとの判決を下した。
クック氏はアップストアを、自身が4年前に拡張を目論んだサービス部門の基盤へと変貌させた。当時、イノベーションの勢いが衰え、消費者が旧式モデルを長期間使い続けるようになるにつれて、アップル最大の稼ぎ頭であるiPhoneの販売は減速することが明らかになりつつあった。
この傾向を相殺するために、同社ソフトウェアですでに動作している 15億台超の端末で販売されているアプリの手数料、保証プログラム、音楽や動画、ゲーム、ニュースのストリーミング配信のサブスクリプションからの継続的な収益をあげることが重要であるとクック氏は強調するようになった。
アップルのサービス部門は4年足らずで事業規模が2倍になり、年間売上がいまや500億ドルになろうとしている。これは、フォーチュン500にランキング入りした65社を除くすべての企業を上回る水準である。ウェドブッシュ・セキュリティーズのアナリスト、ダニエル・アイブス氏は、サービス部門の事業価値がフェイスブックの時価総額とほぼ同額の約7,500億ドルとみている。
少なくとも5年前、2,600億ドルを超える潤沢な現金を活用して、動画ストリーミングの野望を満たすためにネットフリックスや大手映画会社を買収するべきだと多くのアナリストは考えていた。クック氏がこの戦略を採用していれば、サービス部門の価値はいまよりもさらに高まっていただろう。
5年前であれば動画ストリーミングサービス大手、ネットフリックスの時価総額は400億ドルほどで、アップルにとって手が届いていた可能性はあったとみられる。ところがネットフリックスの現在の時価総額は2,000億ドルを超えており、アップルの膨大なリソースをもってしても買収の提案がなされることはないだろう。
By MICHAEL LIEDTKE AP Business Writer
Translated by Conyac