イーロン・マスク、反「操業停止命令」のシンボルに
イリノイ州レバノンでスポーツジム「Fit4All Gym(フィットフォーオール・ジム)」を経営するデイビッド・テイト氏は、新型コロナウイルス対策として政府が出した命令によって困窮を強いられていると話す。そして、このような命令に立ち向かうイーロン・マスク氏を心強い味方だと感じている。
マスク氏が郡衛生当局からの命令に反し、サンフランシスコ・ベイエリアにある巨大工業の操業を再開させた5月11日、テイト氏も州による制限令に背き、250人の会員数を抱えるスポーツジムの営業を再開した。
政府からの命令に反して事業を再開する動きが広がりを見せるなか、新型コロナウイルス対策で操業停止を命じられ、大きな打撃を受けている経営者にとって、マスク氏は先導者であるとテイト氏は考えている。小規模企業にエールを送り、「1人で闘っているわけではない」というメッセージを伝えている。
「さらなる向上を目指し、マスク氏が行ったことを伝えるために、彼のような大きな影響力を持つ人を求めていました」と、テイト氏は話す。
マスク氏はツイッターで3400万人のフォロワーを持つ。通常1万人が働くカリフォルニア州フリーモントにある工場の操業再開をめぐって、アラメダ郡衛生当局より必要最低限の作業に限るよう命じられ、同氏はこれを公然と拒否した。さらに、郡衛生当局幹部について嘲笑的なコメントをツイートしている。また、外出制限令を「独裁的」であるとし、人々の自由を侵害していると話す。
熱心なフォロワーからトランプ大統領に至るまで、マスク氏はソーシャルメディア上での支持を得ているものの、長期的にはむしろ不利益を被る可能性もある。テスラの高級電気自動車を購入する顧客の多くは政治的左派である傾向が強く、環境保護への意思表示を購入理由としてあげる。かつてトランプ大統領との関係が親密になりすぎたときには、批判の声がマスク氏に寄せられた。
たとえば、トランプ政権初期、マスク氏は2名で構成される大統領経済諮問委員への就任をめぐり批判を受けた。大統領がアメリカのパリ協定離脱を決定したことを受け、同氏は辞任した。
それでもやはり、安全に事業を再開するための予防策を講じるのであれば、政府はこれ以上の操業停止を強いるべきではないと考える経営者は、マスク氏を称賛している。ワシントン州アーリントンでスポーツジムを経営するマイク・ジェリソン氏もその1人である。州による制限令に背き、5月11日、ジムの営業を再開した。
「これまでずっとマスク氏のツイートを見ていました。適切な感染予防策はきちんと施されている印象を受けます」と、ジェリソン氏は話す。
操業停止や外出禁止令によってウイルスの拡散が抑制され、多くの医療システムへの過剰な負荷が回避されている、と公衆衛生の専門家は指摘する。新型コロナウイルスの症状は軽度から中等度のものが多いが、アメリカ国内では8万人以上の命が奪われている。
国内で最も権威のある感染症専門医アンソニー・ファウチ氏は5月12日、州政府および地方自治体によって外出禁止令が早急に解除されることで、苦痛や死がもたらされ、また経済的損失はより深刻になると率直に警告している。
「爆発的な感染拡大につながるような、小規模の感染数増加がいくつも発生し始めることに懸念を抱いています。実に深刻な結果を招く可能性があります」と、ファウチ氏は公聴会で上院議員に対して語っている。
実際に、経済再開を早めることで「避けることのできた苦痛や死」がもたらされ、「経済回復への道を後戻りすることにもなる」と、同氏は指摘する。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校で疫学研究を行うジョージ・ラザフォード教授によると、汎用的に講じられる方針がないことで決定がより困難になっているという。「3元2次方程式を解くための計算問題に似たものです」と教授は話す。
ラザフォード教授はマスク氏の行いを容認するつもりはないものの、テスラは従業員をリスクにさらすことなく操業再開可能であると認めている。「納得するためには工場の配置図を確認することが必要でしょう。これが食肉加工工場であったなら、何があっても出勤するべきだとは言わないでしょう。ここではそれほど明確な情報はないのですが」ラザフォード教授はそのように語る。
ミシガン大学でビジネスロー研究を行うエリック・ゴードン教授は、「自動車業界に活力を注ぎ、ロケットを宇宙へ打ち上げてきたマスク氏の功績を称える支持者は、同氏が示した当局への抵抗についても好意的に受け止めるだろう」と言う。しかし一方で、電気自動車の購入者は必ずしもマスク氏を崇拝しているわけではなく、同様の意見を持っているとはいえない。
「安全性、そして従業員をリスクから守ることをより重視しています。大富豪である一流IT企業の経営者を社会の脅威とみなす多勢にとって、マスク氏の振る舞いは嫌悪の対象となるでしょう」と、ゴードン教授は語る。
マスク氏は、テスラを創業したカリフォルニアで長年にわたり業績を残しており、言うなれば、シリコンバレー式イノベーションを象徴的に示している。電気自動車の設計から始まり、その後創業した「Space X」では宇宙船を建造する事業を展開している。2010年、ゼネラルモーターズとトヨタの合弁会社が閉鎖したばかりの工場を、マスク氏は自社のフリーモント工場として開設した。当時の州知事であり、同様にカリフォルニアの伝説と称されるアーノルド・シュワルツェネッガー氏から厚遇された。
その関係はテスラに恩恵をもたらし、マスク氏は助成金により何億もの利益を得た。9年間に及ぶ売上税の免税措置はその一例であり、総額は2億5,000万ドルにのぼる。
サンフランシスコ市長を経て、現在カリフォルニア州知事を務めるギャビン・ニューサム氏は5月11日、長年にわたって州政府がテスラを「実質的に支援」してきたことに触れ、マスク氏とは長い関係を築いてきたと話す。この関係が今後も続くことを期待しているという。
しかしテスラは、ニューサム州知事による州全域への命令を無視し、操業を再開している。州政府は、検査能力や入院措置、接触者追跡など一定の基準を満たす郡については事業の再開を承認し始めているが、アラメダ郡はいくつかの項目において対応が後手に回っている。たとえば、州政府が定めた1日の検査数基準は10万人当たり200件であるが、アラメダ郡は30件に満たない。
アラメダ郡の感染者数は2100人を超え、死者数は74人である。人口10万人当たりの感染者数は約130人であり、カリフォルニア州平均を下回るものの、ベイエリアに位置する郡のなかでは比較的高い。
5月11日のテスラ工場の再開にあたって、マスク氏は自分を逮捕するよう、郡当局に対し事実上迫った。工場は、翌日も操業が継続されていたようだ。同社は11日までの期日どおり、現場における従業員への予防対策を示した具体的な計画書を提出した。アラメダ郡広報担当者ニトゥ・バルラーム氏によると、郡公衆衛生局によって再検証されているところだという。
当局は同社工場について、新型ウイルス対策による制限が敷かれるなか、通常の操業が認可されるほどの緊急性はないと判断し、フリーモント工場は3月23日より休業していた。
アラメダ郡を含むベイエリアに位置する6郡は、他州に先駆けて3月中旬に外出禁止令を出した。郡は、州による命令よりもより厳しい制限を課すことが可能であると、ニューサム州知事は繰り返し述べている。
テスラ社が提訴したアラメダ郡など、ベイエリア一帯の郡による規制命令は5月末まで延長された。しかし、デトロイトにある自動車メーカーが組立工場再開を予定していた5月18日以降、ベイエリアでも一部の企業や製造工場の再開が承認された。デトロイトでは、それに先立って製造再開が予定されている自動車部品工場もある。
デトロイトにある自動車メーカーは、安全対策のさらなる強化を訴える全米自動車労働組合に加入する15万人ものアメリカ人労働者を抱えている。テスラの従業員には労働者組合がない。
テスラは、手袋やマスクの着用、従業員の間にバリアを設置する、ソーシャルディスタンスを確保するなど、従業員への安全対策を継続して行うつもりであると説明している。また、特定の現場において体温チェックを行う予定であることも提示している。
By TOM KRISHER AP Auto Writer
Translated by Mana Ishizuki