ギグ・エコノミー、仕事における「男性優位という見えない格差」を助長するおそれ

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著:Hernán Galperin南カリフォルニア大学アネンバーグ・スクール・フォー・コミュニケーション・アンド・ジャーナリズム Research Associate Professor of Communication)

 小さな雇用サービス所で働くマーチン・シュナイダー氏はこれまで、同僚の女性、ニコル・ハルベルクさんより仕事を早く片付けることが多かった。同氏は、単に自分のほうが経験豊富だからそうなるのだ、と考えていた。

 しかしある日、クライアントの一人が、急に「あり得ないほど」「粗暴で」「素っ気ない」態度を示すようになったことをシュナイダー氏は一連のツイートを読み返しているときに思い出した。

 シュナイダー氏はすぐにその理由が思いついた。シュナイダー氏はクライアントへのメッセージを送信する際、うっかりしてハルベルクさんの電子メールの署名を使ってしまったことがあった(シュナイダー氏とハルベルクさんは共有受信箱を使っていた)。同氏が、実際の送信者は署名のハルベルクさんではなくシュナイダー氏であることをクライアントに告げたところ、そのやりとりの中で「急激な改善」が見られたという。

 この件に興味をそそられたシュナイダー氏とハルベルクさんは、試しに2週間、お互いの電子メール署名を交換してみよう、ということになった。さて、どうなったか? ハルベルクさんは、「私のこれまでの職務経験の中で、最も生産的な1週間になった」と語った。一方、シュナイダー氏は、クライアント達が自分を見下すような態度を取るようになり、クライアントへの提案のすべてに逐一けちをつけられるという「散々な出来事」に見舞われた、という。

 こうして得られた教訓を踏まえ、シュナイダー氏は、「私はニコルより仕事がよく出来たわけではなかった。ただ単に、見えない優位性に助けられていただけだ」とツイートした。

◆職場における性差別
 シュナイダー氏とハルベルクさんのこの実験結果は、多くの点でそれほど驚くに値しない。

 職場での性差別に関する学術的な文献調査報告は、枚挙に暇がない。最近の報告は、あからさまなハラスメントが民間企業公的機関で今でも横行していることを裏付けている。さらに、様々な職種や能力レベル評価の場面で、賃金、雇用、昇進に関する男女間の格差が依然として存在していることをデータが物語る

 私の調査は、正規雇用よりもむしろ短期雇用やフリーランスの就業形態において急増しているギグ・エコノミーが男女の格差や労働市場での様々な差別への影響の実態を探る。最近、私はアルゼンチンの流通労働社会研究センターに勤務する同僚と一緒に調査を実施したが、その結果、フリーランスの労働力が男性上位の特権問題をさらに悪化させかねないことが明らかになった。

◆マリアさんとホセ氏
 労働市場での差別は、調査が困難なことで有名だ。

 社会学者たちは何十年もの間、能力の違い、キャリア志向性、リスクと交渉事に対する態度、その他の労働者としての特質を雇用主による真の差別から解き放とうと挑戦し続けてきた。しかし、より多くの経済取引が徐々にピアツーピアのプラットフォームへ移行している今、この視点は差別というパズルの重要なピース、つまり、雇用主の性別と求職者の性別の間の相互作用の重要さを見失っている。

 一例を紹介しよう。女性が雇用主である場合、男女にまつわる固定観念によって女性が不利な立場に立たされることがあるか? 男性の雇用主に対し、女性が昇給や昇進の交渉を行う機会は、男性より乏しいのだろうか?

 これらの質問の回答を求めて、私たちは以下の実験を用意した。スペインを拠点とし、現在ではFreelancer.comの一部になっている短期契約雇用の大規模なオンラインプラットフォームであるヌベロに登録しているフリーランサー達2,800人を無作為に選出し、1時間のマーケティングビデオの文字起こしと編集を行う仕事に招待した。

 架空のマーケティングサービス業者である同一の雇用主から、それぞれの招待が送付されるようにした。(無作為に選ばれた)半分のフリーランサーは、「マリアさん」からの電子メールを受信し、残りの半分のフリーランサーには、「ホセ氏」からの電子メールでこの仕事について知らせるようにした。さらに、招待されたフリーランサーの半分には報酬金額を提案してくれるように依頼し、残りの半分には一律250ユーロ(301米ドル)の定額報酬を提示した。

◆仕事における男性の特権
 この実験結果は私たちの直感を証明するものとなった。男性の特権は、女性が求職しているときに障害となるのみならず、女性が雇用主の場合でも、しばしば女性を不利な立場に立たせることになる。

 私たちの調査では、たとえ同一の仕事であっても、ホセ氏はマリアさんよりも圧倒的に少額の報酬で求職者たちを納得させることができたのだ。ホセ氏の招待によってこの仕事に応募することにした求職者たちは、平均124ユーロの報酬金額をホセ氏に提案した。一方、マリアさんが招待した求職者たちは、158ユーロの報酬をマリアさんに提案した(つまり、全く同一の仕事に対し、27パーセント多い金額の提案がマリアさんに寄せられたことになる)。

 職場での経験や評判などの求職者の特性の違いを管理する場合、女性の雇用主が不利であることは本質的に変わっていない。さらに興味深いことに、この結果は男性と女性の求職者の両方から得られた。

 女性はホセ氏やマリアさんと労働条件についてあまり交渉したがらないのか? 私たちの調査は、その答えを導き出していない。実際、私たちの調査における雇用主と求職者の性別の4通りの組み合わせからは、交渉を好む傾向について統計的に明確な差異を読み取ることはできなかった。女性のフリーランサーは、この仕事に対し定額の報酬を提示した招待メールよりも、報酬額を提案するように依頼した招待メールに対する返信率のほうが男性のフリーランサー同様に高く、またこの傾向は、招待メールの送信者がホセ氏の場合とマリアさんの場合で相違は見られなかった。

 言い換えれば、ゲームの内容が明確になっている限り(つまり、フリーランサーが報酬額を提案できる場合)、女性の求職者は男性の求職さと同程度に報酬の交渉には乗り気であり、他方の(雇用主側の)性別はこの結果に影響を与えない。

◆ギグ・エコノミーの台頭
 ギグ・エコノミーで生計を立てる人々はますます増加している。2016年の世論調査では、アメリカ人の24パーセントの人がギグ・エコノミーのプラットフォーム上で収入を得ている、と回答し、その大部分の人たちは、その収入は家計をやりくりする上で重要であり、必要不可欠である、と述べた。これに関連し、私たちの発見が意味するものは何か?

「代替となる仕事」のお膳立てが進めば、女性が被る労働市場での格差を埋めることにつながる、と主張している人たちもいる。私たちの調査結果は、未来がますます不確実であることを示唆するものだ。その一方で、交渉のルールが明確化されている職場環境であれば、女性は男性にひけを取らない報酬を得ることが出来、同時に、ルールがあまり明確でない場合は、男性がしばしば優位に立つことが様々な調査で明らかになった。

 他方で、私たちの調査結果は、ギグ・エコノミーが性差別を悪化させる潜在的な恐れがあることを示唆している。非常に競争が激しく、急速に変化していくオンライン上の求職では、きちんと検証することがほぼ不可能な個々の労働者についての情報に基づいて雇用と報酬が決定される。これらの条件は、女性に「適切とされる」仕事、女性の生産性、および、交渉への意欲などに関する性差別を含んだ既成概念の活性化を促進するものだ。さらに、伝統的な労働者と雇用主の関係が世界的な規模でピアツーピアの取引に取って代わられるにつれ、労働差別禁止法の適用には困難が伴う。

 テクノロジーが将来の仕事に及ぼす影響を考慮すると、楽観的でいられる理由もあるとはいえ、懸念事項はいたるところに山積している。人間としての私たちの能力の限界をテクノロジーが引き上げてくれる一方で、残念ながらテクノロジーは私たちが抱いている偏見や先入観を排除することはできない、というのが真実だ。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by ka28310 via Conyac

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