これからのビジネスには“アート”が必要 美意識を磨いて「未知の世界を叩く」
今年8月、山口周氏の著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』が出版された。これまでビジネスとアートを結びつけるものはアートを扱ったビジネスを指すことが多かった。例えば、絵を描いて売るとか劇を作って見に来てもらうといったものだ。ところがこの著書は興味深いことに、美意識を鍛えることによってそこから得た能力をビジネスに使っていくと言う観点に立っているのである。
◆これまでのビジネスは理論・理性に頼っている
これまで、アートビジネス以外のビジネスのほとんどは常に理論的、理性的な考え方に基づいて行われてきた。そこには感情が入らない。あくまで数値や法則が基本で、それに基づいた計算や分析により目標を決め、その決めた目標に向かって理論や理性に適った方法で仕事を行い、結果を振り返ってうまく行ったかどうか判断してきた。しかし、現在のようにテクノロジーが高度に発達した社会では、「論理的・理性的な情報処理スキルの限界が露呈しつつある」と山口氏は言う。
特にグローバル化され、インターネットで世界のどこにいても瞬時に情報が手に入る今日では、誰もが同じ理論や理性を用いビジネスをしており、もうそれだけでは競争できないようになってきている。テレビを例にとってもスマートフォンを例にとっても、どのメーカーのものもさほどの違いはない。誰しも選ぶのに困るほど差がなくなってきている。
◆美意識を鍛えてビジネスを自己実現の場に
では、今後ビジネスはどのように展開していくべきなのだろうか。この疑問に対し、山口氏は「人の承認欲求や自己実現欲求を刺激するような感性や美意識が重要」になるだろうと述べている。ここでいう美意識とはただ単に外観が美しいと感じる意識ではなく「真・善・美」を感じる意識のことである。
つまり、人はもう理論的に作られた製品やサービスだけでは満足せず、これからは感性や感情を満たすような製品やサービスを求める傾向が予想されるのである。そのため、そうした顧客の要求に適うよう、ビジネスパーソンは感性や美意識を磨いてより高度なレベルの製品やサービスの開発に努めるべきだと言っているのである。
その一つの例として山口氏はアップル社のiMacをあげている。アップル社のMacintoshはもともと1色しかなかったが、アップル社に復帰したスティーブ・ジョブズ氏が5色のカラーバリエーションのiMacを発売した。この案は社内で猛反対にあったそうだが、ジョブズ氏は頑固に押し通し、その結果iMacはヒット商品となり市場に復帰できたのである。理論だけで考えていたら絶対思いつかないアイデアが勝因だったということになる。つまりこれからは、「追加した5色の色」のように顧客にワクドキ感を与えられるような要素が求められるということになる。
◆ビジネスリーダーのためのアートコース
このような山口氏の論点は、咋年11月にシカゴ大学の経営学院の研究雑誌であるシカゴブースレビューに載った記事の論点とも共鳴する。この記事は元ダンサーで現在経営コンサルタントをしているジョン・シャート氏が書いたものだが、氏はその中で、「ビジネスもアートも最大限の存在意味と価値をどのように見つけていくかというところで同じだ」としながらも、アートにあるもので現在のジビネスのやり方にないものは「未知の世界を叩いてみる」ことだとし、経営コンサルタントとしてシャート氏は、顧客であるビジネスリーダーたちにもっと直感を養うよう指導しているそうである。
実際イギリスには、ビジネスリーダー用のアートコースが創設された大学がある。2015年のQS世界大学ランキングで「アート・デザイン分野」の大学として1位に選ばれたロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)だ。こうしたコースは今後さらに増えることが予想されている。ビジネス界全体に新風が吹き込まれるのもそう遠くない先のことだろう。