シリコンバレーの独裁者は民主主義を救えるか?
2月末、Facebook創業者兼CEOのマーク・ザッカーバーグ氏が、ソーシャルネットワークの今後数年間のビジョンを描いたエッセイを公開した。
すぐに”マニフェスト”と呼ばれるようになった5,700語の同文書は、2012年の株式公開以来、Facebookの実社会における位置付けについてザッカーバーグ氏がもっとも広範囲に及ぶ考察を行ったものだ。内容を見ると社会の発展や「社会インフラ」といったものへの依存度の高さについて大雑把な主張が並び、社会学部の卒業論文のような箇所もみられる。しかし、核心をついているところもある。
とりわけ、ザッカーバーグ氏はFacebookが「すべての人に役立つグローバルコミュニティを築く力を人々に与えるべく、社会インフラを構築する」ことを意図した5つの指針を語った。5つの指針とは、「助け合うコミュニティ」、「安全なコミュニティ」、「情報が行きわたるコミュニティ」、「市民参加のコミュニティ」、「非排他的なコミュニティ」を作っていく、ということだ。
シリコンバレーの「我々の製品は世界をより良いものにする」といったレトリックは長いこと冷笑されてきた。一部の企業では従業員にこういった発言を控えるよう指導しているくらいだ。確かに、自動消去されるセルフィーを送るアプリや道路上でバレットパーキング(駐車場の出入庫代行)サービスを依頼できるアプリは、文明を発展させるほどのものではないかもしれない。しかしFacebookなど一握りのソーシャルメディアプラットフォームが市民による政治参加を形作るうえで大きな影響力を持っていることは疑いようもない。
その一例が2011年のエジプト革命。反対派リーダーの一人が立ち上げたFacebookページがホスニ・ムバラク政権への反対派組織の拠点となった。彼は後にCNNに次のように語っている。「いつの日かザッカーバーグ氏に会って礼を言いたい。この革命はFacebookから始まった」
今までにも述べてきたことだが、今の時代に人を集めて社会運動を起こすなら、FacebookとTwitterは欠かすことのできないツールだ。実業界に変革を起こすにしても、国の政府に対抗するにしても同じことだ。ザッカーバーグ氏はそのようにFacebookが活用されることを目指し、また民主主義を強化するため、オープンで誰もが参加できるようにしていきたいとマニフェストで提言している。
ソーシャルメディアのプラットフォームが民主的なプロセスを再活性化させることに間違いはない。しかし、私はFacebookやシリコンバレーの同業者が先頭に立ってこのような取り組みを行うべきではないと考えている。
◆テクノロジーと民主主義
ザッカーバーグ氏のマニフェストは当初、大いに反感を買った。
米誌The AtlanticはFacebookを「ジャーナリストのいないニュース組織」と述べ、マニフェストを「ジャーナリズム崩壊の青写真」と表現した。また、米誌Bloomberg ViewはこれがFacebookを「個人的なソーシャルエンジニアリングのアルゴリズムに広く依存した、選挙の過程を経ない小さな政府による治外法権の州」へと変貌させる「恐ろしく陰鬱な文書」と称した。
これらの批判が持つ意味や価値はともあれ、ザッカーバーグ氏にも正しい点が一つある。それはインターネットとモバイル技術によって私たちが民主主義に幅広く参加できるようになるかもしれない、ということだ。そうなるべきなのである。この二つなしに我々がそこまで民主主義にかかわることはないに等しい。
アメリカ人にとって民主主義は遠くにあり、時折現れては消えるもの。参加できる機会は限られている。2016年の大統領選挙戦では民主主義の未来図が大きく異なる者同士が激闘を繰り広げた。しかし投票率はわずか60%。大統領選挙のない年に行われる中間選挙の投票率はさらに大幅に下落する。中間選挙の結果は大統領選と同じくらい重要だというのに。
さらにひどいこともある。ブラジルやオーストラリアなどの国では投票が義務化されており、国民の誰もが参加すると言っていいが、アメリカの議員は投票率を下げようとしているのだ。そのために有権者ID法で選挙への参加を阻み、時には黒人にはっきり的を絞って投票率を下げようとすることもある。
アメリカの民主主義に参加するには何らかの助けが必要だ。そして、その方法の1つがオンライン技術なのかもしれない。
【2011年のエジプト革命を起こしたリーダーの中には、Facebookなどのソーシャルメディアにそれが可能だと信じたものがいたのだ。Wikipedia Commons | Essam Sharaf】
◆真の民主主義を目指して
我々の民主主義の「社会インフラ」は、討論や選挙に必要な物流基盤の費用が高かった時代に考案された。
リンカーン大統領時代には国政選挙が行われると投票用紙を集め、集計するのに膨大な労力を要した。一方、現代ではソーシャルメディアで瞬時に世界とつながることができ、そういったことが毎日行われている。その両者を比較してみてほしい。政治動員にかかる取引費用は過去最低だ。適切に設計されていれば、ソーシャルメディアは議論や行動を促して民主主義をより活性化させられるのだ。
考えてみてほしい。Facebookに書かれたたった1件の投稿がアメリカ史上最大規模の政治的抗議活動を巻き起こしたのだ。1月21日、ワシントンをはじめとする世界各国の都市で「Women’s March(女性たちの行進)」が勃発した。しかし、デモに参加するというのは熟考し集団的な意思決定をするのとは訳が違う。これが、民主主義に参加するということなのだ。
今日の情報通信技術(ICT)を使えば、公共政策にかかわることだけでなく、職場や学校といった日常のあらゆる場所で民主主義が顔を出すことになる。民主主義は市民が参加することで強化され、ICTがあらゆるレベルでの参加費用を大幅に引き下げる。職場や労働者、そして組織における民主主義の価値は「shared capitalism(共有資本主義)」に関する研究にあらわれている。
集合的な意思決定に参加するということは、ただ2年ごと、もしくは4年ごとに投票ブースに行くことだけではない。ICTが広く行きわたることで、市民は今までよりもはるかに民主的な方法で自分たちに深くかかわる決定に参加することができる。
Loomioはグループによる意思決定のためのプラットフォーム。人々はここで情報共有し議論を重ねて結論を導き出し、幅広い形で民主主義に参加できるようになる。OpaVoteはオンライン投票ツール。状況に応じてさまざまな投票方法を選択することが可能だ。(今日のランチをどこで食べるか、チーム内で投票することもできる。)BudgetAllocatorは地方自治体が予算を決める際の市民参加を実現。
ハーバード大学法学部のヨハイ・ベンクラー(Yochai Benkler)教授は、この数年間で市民が手を携えて協力していく手段が大幅に増えてきた指摘する。民主主義は日常的な体験の一部になり得るのだ。
【1月21日にワシントンや世界中で起きた「ピンクの帽子の行進」は、あるFacebookの投稿から始まった。Flickr | Mobilus In Mobili】
◆シリコンバレーに答えはない
しかし、ICTが実現する民主的な未来が、シリコンバレーの実業界から生まれることはなさそうだ。
企業統治についていうなら、ザッカーバーグ氏自身の王国も世界有数の「独裁的」な上場企業だ。 Facebookが2012年に株式公開した際、ザッカーバーグ氏は1株当たり10票を割り当てた株式を所有し、議決権の過半数を超える約60%を手にした。これが何を意味するか、同社のIPO(新規株式公開)目論見書にはっきりと書かれている。
「ザッカーバーグ氏は、株主に提出された取締役の選任、合併、連結、そしてすべての資産もしくは事実上すべての資産の売却を含む、株主に提出された事項の結果を統制する能力を有している。」
言い換えれば、ザッカーバーグ氏はWhatsAppを190億米ドルで買収し、その数週間後にはOculusを20億米ドル(適正審査はわずか数日)で買収するという所業が可能だったということだ。あるいは、さらに厄介なことに彼は法的に、会社丸ごと(そして18億8000万人のユーザーの全データ)を、たとえばプーチン大統領とつながりのあるロシアの新興財閥に売り払うことだって出来てしまうのだ。プーチン大統領はその情報を恐ろしい目的に利用するかもしれない。こういった措置は、理論上は取締役会の承認を必要とするものの、取締役を選出するのは株主なので彼らには株主の息がかかっている。そしてFacebookの場合、その力を握るのがザッカーバーグ氏なのだ。
このように議決構造が独裁的なのはFacebookだけではない。Googleの創業者も独占的な議決権を握っているし、Zillow、Groupon、Zynga、GoPro、Tableau、Box、LinkedIn(マイクロソフトに買収される前)など2010年以降株式公開した無数のテック企業のリーダーもまた同様だ。
最近では、3月2日にSnapが上場するにあたってこういったトレンドを取り込み、独自の論理的な結論として新規の株主に一切の議決権を与えないことに決めた。
我々はオンラインのプラットフォームを熱く信頼し、他人に漏れないだろうと考えて私的でプライベートな情報をシェアしている。しかし、ユーザーのプライバシーが厳格に保護されることで人気を集めていたWhatsAppもFacebookに買収されてからは仕様が変わり、個人データの一部がFacebookのグループ会社全体で共有されることになってしまった。共有を拒否する場合は、ユーザー自身が設定を変えなければならず、多くのユーザーに動揺が走った。
Facebookが買収した企業は60を超えている。そして今もっとも人気のあるスマートフォンアプリのランキングを見ると、FacebookとGoogleが運営するものがベスト10のうち8つを占める。
【シンガポールは、「善意の独裁者」のおかげで、数十年の間に世界で最も豊かな国のひとつになった。Wikipedia Commons | Merlion444】
◆ザッカーバーグ氏は慈悲深い独裁者か?
創業者が誰よりも正しく、そして(株主などによる)過度の抑制や均衡から保護されるべきだ、という考え方はシリコンバレーで語り継がれる文化に合致している。特殊な考え方だが、現地では広く知られるものだ。これを「企業統治の絶対的指導者理論」とでも呼ぼう。
ザッカーバーグ氏はインターネットのリー・クアンユー(Lee Kuan Yew)なのかもしれない。言い換えれば、我々に最善の利益をもたらそうと心がける慈悲深い独裁者。リー・クアンユー元首相は、イギリス統治時代の貧しかったシンガポールを数十年で世界でもっとも豊かな国のひとつにしたことで、現代のシンガポールの「建国の父」になった。
しかし、それが「ユーザー」の民主主義を確保するのに最適の能力なのだろうか。
ICTの存在によって日常レベルの民主主義が拡大することが期待される。しかし、民間営利企業がそのために力を貸してくれるとは思えない。現代資本主義において、シリコンバレーのエリートが運営する組織の中には、民主主義からかけ離れているものもある。自己統治のために中立のツールを提供してくれるとは考えられない。
学者兼活動家のアウディレ・ロルド(Audre Lorde)氏が残した有名な言葉がある。それが「主人の道具が主人自身の家を壊すことはできない」だ。同様に、民主的でない企業がより民主主義を活性化させるためのツールを提供することはないのではないか。そうなれば、我々の目は民主的な組織に向くことになるかもしれない。
eye-catch image via flickr | Alessio Jacona
Author Jerry Davis
Professor of Management and Sociology, University of Michigan
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by isshi via Conyac