「戦争犯罪」ロシア軍に破壊、略奪されるウクライナの文化財 フン族の王冠も

Efrem Lukatsky / AP Photo

 5世紀頃、馬に乗り戦うフン族の兵士たちを率いたアッティラ大王はヨーロッパへと進軍し、残虐な行為により支配を広げた。大王が残した精巧で美しい黄金のティアラは、およそ1500年前の優れた職人によって宝石がはめ込まれたものだ。世界でも最も価値の高い芸術品のひとつである。

 そのフン族の王冠がいま、所蔵されていたウクライナの博物館から消え去った。歴史家は不安から逃れられないでいるだろう。博物館の関係者によると、2022年2月にウクライナの都市メリトポリが占拠されたのち、値をつけられないほど高価な王冠や貴重な所蔵品がロシア軍兵士によって持ち出されたという。

 ロシアによるウクライナ侵攻は8ヶ月目に入り、同時にロシア軍による史跡や芸術品の大規模な破壊や略奪がはびこっているとウクライナ当局は訴える。

 ウクライナのオレクサンドル・トカチェンコ文化情報政策大臣はAP通信とのインタビューのなかで、およそ40もの博物館からロシア軍兵士が芸術品を勝手に持ち出していると語気を強めた。さらに、大臣は「略奪や文化財の破壊により被った推定被害額は数億ユーロ(ドル)にのぼる。ウクライナの文化遺産に対するロシアの行為は戦争犯罪だ」と述べている。

 ウクライナ政府と武器を供給する欧米諸国は現在、戦場でロシア軍に打ち勝つことに主眼を置いている。しかし、平和が再び訪れるならば、人々が生活の再建という新たな戦いを生き抜くために、芸術品や歴史的遺物、文化財などウクライナが収蔵する作品が保護されていることもまたきわめて重要である。

 2022年9月、ニューヨークにあるウクライナ博物館を訪れたオレーナ・ゼレンシカ大統領夫人は「博物館や歴史的建造物、教会など、すべてはウクライナ人が何世代にもわたって構築し作り上げてきたものです。これは私たちのアイデンティティに対する戦争です」と語った。

 メリトポリにある郷土博物館の職員は、南部にある同都市がロシア軍の攻撃を受けた際、フン族の王冠をはじめとする数百点の所蔵品を隠した。しかし数週間にわたって何度も捜索が繰り返され、最終的に、フン族の王冠などの貴重な芸術品を隠していた秘密の地下室がロシア軍兵士に見つかったという。

 話題に触れたというだけでロシア軍からの処罰を受けることを恐れ、匿名を条件にAP通信の取材に応じた職員は、ロシア軍兵士は盗んだものをどこに運んでいるのかわからないとし、ティアラを含め1700点以上の所蔵品が持ち去られたことを明かした。

 1948年に埋葬室から発掘された王冠は、世界でもわずか数点しか存在しないフン族の王冠のうちのひとつである。ロシア軍兵士により持ち去られた所蔵品には、中央アジアから南ロシアおよびウクライナを支配しクリミア半島に帝国を築いたスキタイ人が遺した、2400年前の黄金198個が含まれていると博物館職員は話す。

 ウクライナ考古学研究所で主席研究員を務めるオレクサンドル・シモネンコ氏は「これらは古代からの遺物であり、芸術作品です。値をつけることができないほど貴重なものです。文化が消されてしまうならば、取り返しのつかない大惨事です」と話す。

 メリトポリの所蔵品について、ロシア文化省からの回答はない。

 ロシア軍は黒海の港湾都市マリウポリを破壊しつつ、博物館においても略奪を行っていたと話すのは、ロシアからの激しい爆撃を受けたこの南部の都市から追われたウクライナ当局者である。市内の製鉄所に立てこもっていたウクライナ防衛隊が最終的に包囲された5月、マリウポリはロシアによって完全に制圧された。

 亡命中のマリウポリ市議会議員は、ロシア軍が市内の博物館から略奪した所蔵品は2000点を上回ると話す。同議員によると、貴重な作品のなかには古代の宗教的シンボルや、ほかでは見られないユダヤ教のトーラー(律法)が記された手書きの巻物、200年前の聖書や200点以上のメダルが含まれるという。

 また、亡命中の議員によると、海の風景画で有名な画家であるマリウポリ出身のアルヒープ・クインジ氏とクリミア出身のイヴァン・アイゾフスキー氏による美術品も略奪された。さらに、ロシア軍兵士は盗んだ作品をロシアの支配下にあるウクライナ東部のドネツク地域へ持ち去ったと明かす。

 侵攻によって、ウクライナの文化的遺産に対してもまた壊滅的な損傷と破壊がもたらされた。国連の文化機関は、ミサイルや爆撃、砲撃により損壊した文化財を記録している。戦争が開始されて8ヶ月目となる現時点で、12の地域にある199ヶ所への被害が確認されている。

 ユネスコによる調査結果の内訳は、教会などの宗教施設が84、歴史的重要建造物が37、文化施設が37、モニュメントが18、博物館が13、図書館が10とある。

 ウクライナ政府が発表した集計数はそれを上回る。当局によると、破壊または損壊した宗教施設だけで少なくとも270に達するという。

 侵攻軍が略奪する芸術品を物色する一方で、ウクライナの博物館職員は所蔵品がロシア軍の手に渡らないよう安全な場所へ移動させた。数万点もの作品が、戦線や戦闘の続く地域から避難、保護されている。

 キーウでは、ロシア軍が首都包囲をもくろんで侵攻を開始した最初の数週間の間、ウクライナ歴史文化財博物館館長が所蔵品を保護するために館内に寝泊まりしていた。

 ナタリア・パンチェンコ館長は「私たちはロシア占領軍を恐れています。ウクライナに結びつくものはすべて破壊されてしまうのです」と当時を思い返す。

 ロシア軍兵士による都市への攻撃を恐れ、容易に見つからないよう、パンチェンコ氏は博物館の入り口に掲げていた飾り額を外した。さらに、展示品を取り外し、所蔵品を避難させるために慎重に箱に詰め込んだ。

 いつか、本来あるべき場所に作品が戻ることを同氏は願っている。現在博物館では複製品のみが展示されている。

 パンチェンコ氏は「これらの作品ははかないものです。何百年も前から存在し続けているのです。失うかもしれないなんて、考えるだけで耐えられません」と述べている。

By HANNA ARHIROVA Associated Press
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP