パラリンピック後の障害者インクルージョンを進める3つのムーブメント
コロナ禍のなかで開催された東京パラリンピックが、9月5日に閉幕した。日本ではこれまでなかなか報道されなかったパラリンピックだが、自国開催となったことを機に大きく取り上げられるようになった。パラリンピックは長らく障害者への理解啓発の機会とされてきた。しかし、パラリンピックに出る障害者はごく一部だ。それだけでなく、一般の障害者への理解まで広がることを望む声がある。パラリンピック後、障害者にインクルーシブな社会を目指すムーブメントを3つ紹介する。
◆WeThe15
「世界の人口の15%が障害を抱えているという事実を知り、その事実と向き合うことから始めよう」という思いから名付けられた、WeThe15(ウィー・ザ・フィフティーン。日本語で「私たちは15%」)。8月19日にIPC(国際パラリンピック委員会)が主導して立ち上げられた。20の国際的な障害理解啓発団体が賛同している。
障害者差別をなくし、障害の可視化、アクセシビリティ、包容性を求める世界的な運動を展開するという共通の目標に向けて、スポーツ界、ビジネス界、市民社会をカバーするという試み。
国立競技場で開かれたパラリンピックの開会式と閉会式で、WeThe15のキャンペーン動画が公開された。
1分50秒の動画には、車いすのパラアスリートが登場した後、そうした「超人」ではない、普通の日常生活を送る障害者が登場。サッカーを楽しむ人々、浜辺で結婚式を挙げるカップル、モスクで礼拝する女性が「『障害が治りますように』ではなく、『新しいハンドバッグが欲しい』とお祈りしているんです」と語る模様などが、ユーモラスに描かれている。
IPCのアンドリュー・パーソンズ会長は開会式挨拶で、「パラリンピックは確かに変革のプラットフォームです。しかし4年に1度では足りません。国、街、共同体においてインクルーシブな社会を作っていくには、私達一人一人がそれぞれ自分の役割をいかに果たしていくかにかかっています」と述べた。
◆The Valuable 500
The Valuable 500は、2019年に世界経済フォーラム・ダボス会議で始まった、世界のビジネスリーダーに対し、障害者の雇用やユニバーサルデザイン、アクセシビリティ、サプライチェーンにトップダウンで取り組むことを呼びかける運動。
その運動が今年5月18日、大きな節目を迎えた。参加企業が目標であった500社に達したのだ。
始まって以来、アクセンチュア、ブルームバーグ、P&G、ユニリーバ、マイクロソフトといった世界的企業が参加してきた。最後の500社目に参加したのはアップルだった。
日本企業も、ソニー、ソフトバンク、ファーストリテイリングなど53社が参加した。これは参加企業の1割を占める。2021年2月には、日本企業の参加を後押しする日本財団が、グローバル・インパクト・パートナーとしてThe Valuable 500と連携し、2021年から2023年までの3年間で500万ドル(約5.2億円)の支援を行うことになった。
参加企業には、英国の上場企業FTSE100のうちの36社、米国の優良企業Fortune 500のうちの46社、日本の上場企業28社が含まれる。参加企業で合わせると、総収益は8兆ドル以上、36カ国に及び、抱える従業員数は2000万人以上。
加盟企業は、以下を宣言した。
・取締役会等の役員レベルの会議(board meeting)において障害者インクルージョンに触れる
・障害者インクルージョンに関するアクションを一つ実施する
・上記アクションについて社内外に向けて発信する
The Valuable 500は次のフェーズに移り、参加企業のうち、「象徴的リーダー」13社が、各々の業界経験を活用し、参加企業のコミュニティの進歩を促進するため、プログラムとソリューションに共同で資金提供し、それらを共同で構築し、共同で検証するという。象徴的リーダーとは、アリアンツ、BBC、デロイト、アーンスト・アンド・ヤング(EY)、グーグル、マヒンドラ・グループ、ロンドン証券取引所、オムニコム、P&G、セールスフォース・ドットコム、ソニー、スカイ、ベライゾンの13社。
具体的なプログラムとソリューションは以下の通り。
グーグル、デロイト:2社共同でその影響力を活かし、このコミットメントを可能にする内部調査をする戦略を行う。組織内のインクルージョンのため、職場における障害と現在あるバリアを把握する。
セールスフォース、マヒンドラ:障害当事者の手によってオンライン求人窓口を構築し、一層の機会へのアクセスや多様性ある職場を保障する。
P&G、オムニコム:この運動のブランド監査を運営し、参加企業に障害のある消費者からの洞察を加え、イノベーション機会を牽引する。
EY、スカイ:障害者5000人によるグローバルなリサーチパネルの構築をサポートし、500社の取り組みについて直接的な洞察を与える。
アリアンツ、ロンドン証券取引所:企業の障害者活躍に関する指数に影響を与えるために、インクルーシブな指数作りに貢献する。
ソニー:映画の出演者・裏方の両方において、障害者の割合を増やすことをサポートする。
ベライゾン:インクルーシブなテクノロジーに大きく焦点を置き、アクセシビリティに関したスキルのある次世代人材のパイプラインを備える。
BBC:参加企業がアイデアを共有できるように「Valuableバーチャル」をサポートする。
上の13社に加えて、アップルは「インクルーシブデザインのための象徴的パートナー」となり、参加企業内外で最高水準のインクルーシブデザイン推進を支援する。参加企業と各社のコミットメント内容は、The Valuable 500のサイトに公開されている。
東京パラリンピック閉会式では、創始者のキャロライン・ケーシー氏からのビデオメッセージも流された。「障害者は可視化され、声が聞かれるようになり、動的になり、インクルージョンされるべきです」(動画0:26ぐらいより)
◆The SAMURAI 125
NPOハンズオン東京のLIVESプロジェクトが7月に、障害者などのバリアフリーや雇用をトップダウンで進めることを目指す日本企業で構成する「The SAMURAI 125」を立ち上げた。「The SAMURAI 125」は、障害者のバリアフリーや雇用を呼びかける国際運動「The Valuable 500」に影響を受けて立ち上げられた。
参加資格があるのは、日本の中小企業。ハンズオン東京によると、以下のアクションにコミットする文書「The SAMURAI 125 Charter」に企業リーダーが署名する。
1.取締役会等の役員レベルの会議(board meeting)において障害者のインクルージョンに触れる
2.障害インクルージョンに関するアクションを一つ実施する
3.上記アクションについて社内外に向けて発信する
取り組みを既に実施している企業のみならず、これから開始する企業も参加可能。目覚ましい取組みをしている企業を称えると同時に、これから取組みを強化しようという意思のある企業を応援するという。
ウィズダムツリー・ジャパン株式会社CEOのイェスパー・コール氏は「The SAMURAI 125」発足記念セッションで、「日本経済のバックボーンは中小企業。グラスルーツから日本のインクルーシブな社会を作りましょう」と述べた。
以上、東京パラリンピックが終わった後も障害者インクルージョンの動きを止めず、一層進めていこうとするムーブメントを3つ取り上げた。次回の2024年パリ大会までに、日本や世界がどれほど変わっていくか、注目していきたい。