最新の養蜂技術は、温故知新で!
著:Ensia この記事は、当初クリスチーナ・セルビーがEnsia.com(国際的視野で環境問題解決に取り組む雑誌)に投稿したものである。記事共有の合意のもとにグローバルボイスに再掲する。
インド北西部、マツやヒマラヤスギの森の向こうに、ヒマラヤ山脈が屹立(きつりつ)する。この山麓のクル渓谷は、花の咲き始めたリンゴの木で覆われている。春とはいえ今朝は寒い。ナシャラ村の農家リハト・ラムは、彼の家に立てかけてある丸太巣箱の小さな穴を私に示す。黒と黄色の太った、在来種のミツバチ(トウヨウミツバチ、Apis cerana)が出入りしている。
何世紀もの間、ミツバチの巣箱はこの山岳地方では家屋と一体のもので、家屋の厚い外壁に組み込まれていた。野生のハチの群れに自然にこの壁巣箱に入らせるか、または農夫が周辺の森から巣のついた丸太を持ち込むことで、村内に巣を作らせ、そこからハチミツを得る、というのが伝統的なやり方である。
しかし近年、この村で野生ミツバチの群れを見つけるのは、ますます難しくなっている。この村の農家の90パーセントは、小規模の土地所有者である。自給自足で多品種栽培していた農地や自然林のほとんど全てが、近代農業により、単一種のリンゴ畑に変わってしまった。市場受けのするローヤル・デリシャス種である。需要の多いローヤル・デリシャスを生産することで、クル渓谷の農家の経済状況は好転していった。しかし、ミツバチにとっては、耐え難い環境が生ずる原因にもなった。世界のどこを見ても状況は似たようなものだが、単一栽培や気候変動、病害、土地利用慣行の変化、農薬の使用、森林伐採、生息地の減少、人間の人口急増などが複合して、この谷間一帯の天然資源に少なからぬ影響を与えている。そのことが原因となって、在来種ミツバチが減少することとなった。ミツバチの減少に伴ない、果樹園の生産高は50パーセントも減少してしまった。
ミツバチの減少による授粉不足を補うため、資金にゆとりのある農家は、隣接する温暖なパンジャーブ州から養蜂家を雇うことを始めた。リンゴの開花期にヨーロッパ種のミツバチ(セイヨウミツバチ Apis mellifera )を入れた巣箱を彼らに村内に持ち込んでもらうためである。「問題は、貧しい農家が、今ではお金を払わなければならなくなったことです。以前はトウヨウミツバチが無償でやってくれた生態系の恩恵なのに」と、アースウォッチ・インディアの研究員兼プログラムマネージャーのプラディープ・メータは語る。しかし、問題はそれだけではない。外来種のミツバチの導入によって病気が持ち込まれたり、花蜜源の争奪が起こることもある。そうすると在来種ミツバチがさらに減少し、生態系から貴重な多様性が奪われることになる。
しかしながら、いま科学者たちは、世界の片隅のこの地で、自然との共生を保ちつつ現状の改善を図ろうとしている。ヒマラヤの生態系研究プロジェクト(科学者やナシャラ村民、それに私のようなアースウォッチ派遣の国際ボランティアによる共同事業)は、この地域の授粉の実態を調べ、学んだことを農場のレベルで応用している。昨年、同プロジェクトは、養蜂農家を指導し、伝統的な花粉媒介を復活させる活動を始めた。また、新しい巣箱に在来のトウヨウミツバチを取り入れる計画も始動させた。それだけでなく、近代的な環境下でミツバチの繁殖力が高まるような、改良されたやり方の導入も始めている。例えば、巣箱を破壊せずに蜂蜜を採取できるよう、蜂蜜分離器を用いるといった手法である。
植物の生育シーズンを通して、トウヨウミツバチが花蜜を採取することができるように、ナシャラ村民は再び、畑に多様な野菜類を植えるようになった。野外調査でミツバチが好むことの分かったニンニク、玉ねぎ、カリフラワーやその他の野草類が、開花の終わったリンゴの木の下で今、育っている。開花時期分散の手法により、ミツバチはリンゴの授粉に集中することができるようになる。開花期分散の手法とは、リンゴが開花するわずかな間は、ミツバチをリンゴの授粉に集中させ、それを除いた期間はリンゴ以外の多様な花蜜源を与えて群れが維持できるよう助ける、というものである。
従来の手法が復活
伝統技術による在来種ミツバチの養蜂(兼ミツバチとの共同作業)は、世界各地で、近代化による副次的ダメージを急激に被っている。工業型農業はおもに、授粉能力の極めて優れたミツバチやマルハナバチなどごく限られた種のミツバチを用いて維持されている。その手法は、授粉の必要な時と場所を探して、これらのミツバチの群れを一つの農園から次の農園へと移動させて授粉させるというものである。
外来種ミツバチは大型スーパーのウォルマートのようなもので、在来種ミツバチは家族でやっている零細店のようなものです。
ウォルマートに売っていないような特殊な品物を買いたくなった時、零細店が店を畳んでいたらどうしようもない、というわけです。
しかし、人に管理されている外来種ミツバチの群れを移動させると、危険が伴うことが分かっている。外来種ミツバチは、在来種ミツバチに病害を蔓延させる可能性があり、その結果、在来種ミツバチが減少することとなる。こうして在来種ミツバチが減ると、やがて授粉システム全体の回復力が弱くなる可能性がある。このことについて、ニューメキシコ大学で在来種ミツバチの研究をしているカレン・ライトは次のように言っている。「 外来種ミツバチは大型スーパーのウォルマートのようなもので、在来種ミツバチは家族でやっている零細店のようなものです。ウォルマートに売っていないような特殊な品物を買いたくなった時、零細店が店を畳んでいたらどうしようもない、というわけです。」
しかし今、伝統的な手法が復活しつつあり、在来種ミツバチ育成による自給自足型養蜂の有用性が、世界中で認識されるようになった。例えば、クル渓谷の農家は、在来種ミツバチ(トウヨウミツバチ)が、自分たちの生産活動にとって有益なパートナーであるとの認識を持つようになり、再び積極的に育てるようになっている。伝統的な養蜂技術の復活により、農家が在来種ミツバチの利用を増やすようになれば、ミツバチの存在が農作物の受粉に役立つだけでなく、周辺環境にとって不可欠なミツバチの役割を取り戻すことにもなる。
「このような養蜂技術の復活は、ミツバチの保護に役立ちます。そしてまた、この地方の農業を継承していくためにも役立ちます」と、メータは語る。
メキシコのハリナシバチ
ミツバチの飼育に関する文献によると、メキシコのユカタン半島に居住する人たちは、千年も前からハリナシバチを育ててきた。マヤの養蜂家は、xunan kab(王家の婦人)と呼ばれるハリナシバチを収集するとき、森の中で木を切り倒し、巣の部分の丸太を持ち帰るのを伝統としていた。蜂蜜の年間収量は1~2リットルとわずかな量で、医薬用に使われ、また女王蜂は儀式の中で用いられた。
マヤの古老は、養蜂に興味を持つ親族にその知識を継承してきた。しかし、このようにして伝承されてきた養蜂技術も近代化により一掃されてしまい、もはや時代遅れにになってしまった。「子供たちは伝統的な物事に興味を示さない」と、スミソニアン熱帯研究所のデービッド・ルービクは語る。ルービクは、1980年代から、アリゾナ大学の昆虫学者 スティーブン・バックマンとメキシコの南部国境学術協会(大学院大学)の博士研究員ロゲル・ ビラヌエバ=グティエレズとともに、マヤの養蜂技術およびマヤ地域のハリナシバチ(オオハリナシバチ属)の研究を続けてきた。マヤ地域とは、ユカタン半島でマヤ人が伝統的な生活様式を維持している政府指定の地域である。最近の養蜂家たちは、金をもうけることに関心を寄せがちである。そのため、彼らはヨーロッパ種とアフリカ種を掛け合わせた生産効率の高いミツバチに目を向ける。この雑交種のミツバチは一つの群れで、年間40~50キログラムの蜂蜜を途切れることなく産出する。
失われつつあるのが、当地の生態系における在来種ハリナシバチの重要な役割である。「ハリナシバチは、好んで原生林に飛来し、その林冠部で授粉します。一方、セイヨウミツバチ( Apis mellifera )などの外来種は、地表に近い外来の雑草類に授粉する傾向があります。ハリナシバチは、マヤ地域の原生林その他の植物群を保存するうえで極めて重要な役割を果たします」と、バックマンは語る。
ユカタン半島の東側には、今なお手つかずの広大な森林がある。この森林の機能を修復させることに関心を寄せている科学者たちは、マヤに古くから伝わる養蜂技術を復活させようと、マヤの農民たちと共同で研究を続けている。研究者たちは、 マヤの僻村で継続的にミツバチの個体数の調査と養蜂家を対象にした調査を実施した。その結果によると、かつて家族代々受け継がれてきた養蜂技術はもはや伝承されていないことが分かった。この地のハリナシバチ絶滅を防ぐには、マヤの伝統的養蜂技術が欠かせないと、研究者らは見ている。そうした伝統を守る手助けをしようと、バックマンやルービック、ビラヌエバ=グティエレスや他のユカタン大学の研究者仲間たちは、養蜂後継者を対象に年1回のワークショップを始めた。
「私たちはマヤの技術者を交え、オオハリナシバチ(Melipona)を適正に保護する方法について講座を開き、実地訓練を 実施しています。また、私たちは、養蜂を始めようとしている人たちにハチの群れを提供し、マヤの伝統的な巣箱の特長を全て備えた、メリポナリーという巣箱を設置しています」と、ビラヌエバ=グティエレズは語る。また、バックマン、ルービックおよびビラヌエバ=グティエレズは、ハリナシバチ飼育の手引きをスペイン語とマヤ語で出版した。さらに、マヤの養蜂技術に関するビデオも公開した。技術を身につけた養蜂家の手で分蜂(訳注)が行われ、群れの数が増えていくだろうと期待されている。
訳注:越冬したミツバチの群れの中の女王バチが、初夏のころ、新女王バチに巣を譲って働きバチの一部とともに他に移り、新しい巣を作ること。これを分蜂(分封)という。
「ハリナシバチが森林の存続に重要な役割を果たしていることを、また森林もハリナシバチの生存に重要な役割を果たしていることを、人々に気づいてもらおうとしているのです」
マヤの村では男性がハリナシバチを育てるのが伝統であった。しかし、いま行われている新しい取り組みのおかげで、女性による養蜂集団が生まれ出ている。ハリナシバチの性質がおとなしいことも、家庭農園向きの魅力を増している。ハリナシバチの蜜は、その有名な薬効と魅力的な包装のおかげで、リットル当たりの単価は商用ミツバチの蜜よりも高い値で売りに出すことができる。一部の母親たちには、それで子供の教育費をまかなえる額になる。
このワークショップでは、養蜂の恩恵が蜂蜜だけではないことを、養蜂家に認識してもらう手助けをしている。「我々は、ミツバチが森林の存続に重要な役割を果たしているこ とに誰もが気付いてもらおうとしているのです。同時に、森林がミツバチの生存に重要な役割を果たしていることにも気づいてもらおうとしているのです」と、ビラヌエバ=グティエレズは語る。
このようにして、ハリナシバチは、マヤの養蜂家たちが蜂蜜を売って生計を立てる支えとなっている。一方、マヤの養蜂家たちは、ハリナシバチの存続のために役立っているだけでなく、ユカタン半島における生態系の健全性を維持するためにも一役買っている。
攻撃的な性質の活用
タンザニアで従来から行われている採蜜法は、人為的に管理した巣箱から蜜を採取する方法よりも、野生のミツバチの巣から蜜を採取する方法を重んじてきたと、野生動物保護協会の動物学者ノア・ムプンガは語る。つまり、農民たちは森の中でミツバチの巣を探し回り、巣を見つけると、草の束に火を点け、攻撃的な性質のアフリカ種ミツバチを巣からあぶりだす。そうしてから、蜜を採取するのである。ときには、火が地表に落ち、森林火災を起こすこともある。そして、動植物の生息環境やミツバチの巣を破壊する。
動物学者ルーシー・キングの考案により新たに発足したエレファント・アンド・ビー・プロジェクトは、蜂蜜の販売収入で小規模農家を支援すること、および、アフリカ種ミツバチの攻撃的な性質を有効に活用することで人間とゾウとの衝突を減らすことを狙いとしている。
このプロジェクトは、丸太巣箱や群れを傷つけずに蜜を採取できる新式のトップバー巣箱を用いて、小規模農家の畑の周りに巣箱付きフェンスを設置する支援をしている。移動中のゾウが、小さな畑の新鮮な緑の野菜を見つけて進み、巣箱同士をつなぐワイヤーにぶつかると、ミツバチが一気に出てくる。すると、ゾウは、ミツバチのぶんぶんいう音を聞いただけで逃げていく。
小規模農家にとってのメリットは、ゾウによる農作物被害の防止だけではない。豊富な蜂蜜の収穫や、ミツバチによる付随的な授粉のメリットもある。この地の生物多様性のためにもなる。このプロジェクトでは、畑の間に野生の草花を植えたり周囲の原生林を保全することで、在来種ミツバチのための採蜜源を創出・保護するよう、養蜂家に勧めているからである。
調査によると、このような積極的な保護策は、在来種ミツバチにとって良好な環境や個体数を維持する効果のあることがアフリカ全土で確認されている。またこの手法は、ゾウによる被害を受けている他の地域にも広がっている。
地域の特色を維持
話をインドへ戻そう。私は、リハト・ラムの後についてナシャラ村の小道を歩いている。いくつかの壁巣箱や丸太巣箱で、忙しげなトウヨウミツバチの群れがぶんぶん羽音を立てている。色とりどりの服を着て庭に野菜を植えている女性のそばを通り過ぎる。果樹園へ出ると、リンゴの木の下で野草の花がほころび始めている。ミツバチや在来種の単独性ハチ、それにハエやチョウが飛び回りながら、リンゴの花に授粉している。
クル渓谷産の新種リンゴを味わうこと、マヤ地域の蜂蜜化粧水ローヤル・レディーを使うこと、アフリカゾウが一目散に丘に逃げるのを見ることなど、場所や方法はさまざまだが、いずれにしても在来種ミツバチによる授粉は人間に、また地域の生態系にも、多くのものを与えてくれる。伝統的な養蜂技術も含めたミツバチ保護の取り組みこそが、自分たちの農業体系や森林、農家の繁栄を保つために必要なことなのかもしれない。
編集者注:クリスチーナ・セルビーは、昨年4月インドにおけるアースウオッチ・ボランティア事業に参加した。そしてエンシア指導プログラムへの参加者としてこの特集記事を執筆した。このプログラムにおけるセルビーの指導者はヒラリー・ロスナーである。
クリスチーナ・セルビーは、フリーランスの科学および環境問題に関する記者であり、ニューメキシコ州サンタフェを拠点にして、保存科学、生物の多様性、授粉媒介者、および持続可能な開発をテーマにして執筆している。彼女の記事はローストフト・クロニクル、グリーン・マネー誌、マザー・アース・リビングなどに掲載されている。また、@christinaselbyでツイートしている。
This article was originally published on Global Voices(日本語). Read the original article.
Translated by Masanori Kaneko
Proofreading:Yuko Aoyagi