米朝首脳会談:本性が現れたトランプ大統領と、大成功を収めた金委員長

Susan Walsh / AP Photo

著:Virginie Grzelczykアストン大学、Senior Lecturer in International Relations)

 ドナルド・トランプ米大統領と、金正恩北朝鮮労働党委員長の会談は、「歴史的」かつ「異例の」出来事と言ってまず間違いないだろう。厳密には現在も戦争状態が続いている2ヵ国の、現職の首脳による初めての会談となったのである。

 米朝首脳会談はまた、成功に終わったと評価することもできるだろう。まず入念な準備とスケジュール調整が重ねられた。メディアはアメリカ、北朝鮮の旗が交互に12本並んだカラフルな背景の前で、両国の首脳が握手する場面を、たっぷり時間をかけて撮影することができた。さらに金委員長が外国メディアの前に姿を現すという極めて稀な出来事もあり、各首脳から普段は聞けないようなコメントも得られた。

 今回の会談は、セキュリティや、世論の反応といった点でも成功を収めた。主催国のシンガポールが慎重に用意を進めたおかげもあり、米朝両国の閣僚が和やかな雰囲気で、深い議論を交わすことができ、不測の事態やセキュリティ上の問題も発生しなかった。

 両国首脳はすでに帰国の途に就いたが、会談が終わって残されたものは、会談中の親密な様子を写した大量の写真と、両氏が署名した声明文、そして数々の疑問だ。歴史的瞬間となった今回の会談だが、成功とは言い切れない点もあるのではないだろうか。以下に3つの要点をまとめた。

1. 北朝鮮のための1日
 金委員長は、その父と祖父が残した業績を損なうことなく、世界一の大国との二国間会談を実現したことを、最高の形で印象付けた。

 その上、北朝鮮は会談の費用を負担せずに済んだ。中国が飛行機を手配し、シンガポールが会談に向け1,500万米ドル(約16億6,000万円)超の費用を負担した。そしてメディアにより、北朝鮮の最高指導者が、米国の大統領と対等に渡り合っている様子が全世界に発信された。金委員長にとってこれは大きな成功である。この成果を自国に持ち帰り、政治に利用するだろう。

2. 合意文に盛り込まれた内容
 米朝首脳が署名した共同文書からは、会談における北朝鮮側のずる賢さと、強固な姿勢が見てとれる。両首脳は合意文で、朝鮮半島の非核化を誓い、将来的にはアメリカの兵器を含め、同地域からすべての核兵器を撤廃することに合意した。しかし北朝鮮は、この目標の達成「に向けて取り組む」ことを約束すると、文書にして繰り返したに過ぎない。

 この内容では、アメリカが北朝鮮に対し常に主張してきた、核開発プログラムの一方的な廃棄が約束されていないことは明らかだ。

3. 合意文に盛り込まれなかった内容
 合意文では、今回の会談に向けた準備期間中に幾度となく取り上げられた課題のひとつである、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」については一切触れておらず、アメリカ側に手落ちがあったことは明らかだ。

 トランプ大統領と、同政権で国務長官を務めるマイク・ポンペオ氏ジョンボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官は、これまでCVIDのない合意は認めないと示唆していた。それを踏まえれば、今回の結果には大きな手抜かりがあったと言える。CVIDへの言及がなかったということは、北朝鮮が一方的な非核化の宣言を拒否したと解釈せざるを得ない。

4. 約束の実行
 合意文では、今後の米朝関係に関しては極めて曖昧な言及に留まっている。米朝関係に変化があれば、東アジアの情勢や地政学に本質的な変化が起こり、韓国、ロシア、中国、日本を始めとする周辺地域のその他諸国との関係性にも変化が及ぶことは疑いようがない。

 最初に具体的な行動を示したのは米大統領で、米韓が毎年共同で実施している軍事演習の中止を求める意思があると発表した(数週間前には、軍事演習の実施により南北首脳会談の開催が危ぶまれる事態となった)。この宣言は、今回会談を行った両国の信頼関係構築に向けた重要な一歩であり、称賛に値する。

 しかしトランプ大統領の理論では、軍事演習を中止する理由は、それが北朝鮮を挑発し、疑念を生むためではない。メディアに対し自ら発言している通り、軍事演習には多額の費用がかかるためである。同氏は、アメリカが特に金銭面で他国に利用されていると考えており、会談後の記者会見でも繰り返しこの問題を取り上げた。

 トランプ大統領はまた、北朝鮮における不動産開発の機会についても言及した。実際のところ、同氏は金委員長との握手からほんの数時間後には、金銭を重視する交渉人という本性を露わにした。平和の実現には費用がかかるが、アメリカは他国との面倒な関わり合いを避け、国際社会にコミットするための資金を渋っている。この現状を踏まえると、アメリカが他国との連携の不安定さを解消しないことには、平和が現実味を帯びることはないだろう。

 世界各国の首脳陣からもコメントが続々と届き始めている。北朝鮮は今回の会談で国際社会からの評価を受けることとなった。しかし、そもそも核兵器を開発していたからこそ、このような評価を得ることになったのであり、この経緯についてはほとんど言及されていないということを忘れてはならない。

 金総書記は、敵対する人物を次々と粛清しながら、国民を飢餓に追い込み、虐げてきた独裁者だ。トランプ大統領は、自ら進んで非道な独裁者との話し合いの場を設けたにも関わらず、その見返りとして十分な譲歩は得られずに終わっている。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

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Text by The Conversation