妊娠中の女性を対象とした治験が重要である理由
著:Mackenzie Graham
(オックスフォード大学、Research Fellow)
子ども、囚人、知的能力の乏しい人々のような社会的弱者は治験の対象外となるのが常だ。そして、つい最近まで、妊娠中の女性を治験の対象とすることも倫理に反すると考えられていた(おそらく、サリドマイド問題が人々の記憶に新しいためだろう)。しかし、時流は変わりつつある。アメリカ食品医薬品局(US Food and Drug Administration: FDA)は先ごろ、妊娠中の女性を治験の対象とする時期と方法に関するガイダンスの原案を発表した。
イギリスの医学雑誌DTB(Drug and Therapeutics Bulletin)によると、妊娠中の女性のおよそ10人に1人が服薬を必要とする慢性的な疾患を抱えており、少なくとも10人に4人が妊娠中になんらかの形で服薬している。しかし、妊娠中の女性が信頼できる薬物の安全性に関する情報はない。多くの女性が服薬をあきらめてしまうのはそれ故だろう。しかし、FDAのガイダンスで指摘されているように、服薬しないことは妊娠中の女性と生まれてくる子どもに害を及ぼす可能性がある。
妊娠中の女性には、ほかの人々と同様に科学的根拠に基づいた質の高い医療を受ける権利がある。研究の便益と負担は平等に分配されなければならない。妊娠中の女性は、少なくとも治験に関しては、もはや社会的弱者として見なされるべきではない。
妊娠によって女性が同意書を出せなかったり感染や抑圧のリスクにさらされやすくなったりすることはない。もちろん、この手の研究に参加することで母子にリスクが及ぶ可能性がある。そのようなリスクは真剣に考慮しなければならないが、妊娠中の女性を研究対象から除外する理由にはならない。
医科学国際組織委員会(Council for International Organisations of Medical Sciences: CIOMS)と世界保健機構(World Health Organisation: WHO)が作成した倫理指針には、研究が妊娠中の女性に直接的な便益をもたらす見込みがない場合、胎児へのリスクは最小限でなければならないと明記されている(最小限のリスクとは一般的に、日常生活に伴うリスクとして理解されている)。研究が妊娠中の女性に直接的な臨床的便益をもたらす見込みがあれば、最小限以上のリスクが認められる場合もある。
このようなガイドラインは解釈が分かれるかもしれない。例えば、「最小限のリスク」という概念は曖昧で、状況によって変化する。また、妊娠中の女性への直接的な便益が見込める場合、胎児へのリスクはどの程度まで許容されるのかも不明瞭だ。
研究段階の治療でしか妊娠中の女性の命を救うことができないが、胎児が重度の障害を持って生まれるという重大なリスクにさらされると仮定しよう。この場合、妊娠中の女性にとっての潜在的な便益と生まれてくる子どもにとっての潜在的なリスクを慎重に比較検討しなければならず、どう折り合いをつけるかが非常に難しい。
◆避けて通れない問題
幸い、そこまで慎重にリスクと便益のバランスを取る必要のない、妊娠中の女性を対象とした多くの臨床研究が予定されている。何百万人もの妊娠中の女性が既にさまざまな薬品を使用しており、投薬と妊娠の結果を調査する研究対象人口に容易に達するだろう。このような研究により、胎児や妊娠中の女性にさらなるリスクが及ぶことは滅多にないと思われる。
この問題を避けて通ることはできない。FDAが発行したようなガイドラインは有効であり、規制の一貫性を向上させるために必要だ。妊婦の体内の薬品と妊婦用の薬品を調査する研究へのさらなる資金調達が求められる。
倫理学者は、女性と胎児の間のリスクと便益のバランスを管理するための枠組みを構築する取り組みを続けなければならない。さもなければ、妊娠中の女性はいつまでも研究の便益を公平に受けることができないだろう。
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by Naoko Nozawa