中国のドキュメンタリー映画『すごいぞ、わが国』は事実というよりフィクション
「イバンカ・トランプ」の靴を製造し、深刻な労働法違反を非難されているある企業が、習近平政権下での中国の復興を描き大ヒットしたプロパガンダ映画では、予想外の役割を与えられている。
国の支援を受けたドキュメンタリー映画『厲害了、我的国(すごいぞ、わが国)』は、華堅集団(Huajian Group)を、中国人に支払う額の何分の一かのわずかな賃金で数千人のエチオピア人を雇うことで、中国の影響力と経済力の拡大に寄与している優良企業として描いている。しかしエチオピアでは、AP通信の取材に対し華堅集団の従業員が、ほとんど生計を立てることができないほどの低賃金のために、安全装備もない状況で働いていると訴えた。
21歳のアヤック・ゲレトゥ氏は、「月末には手元に幾らも残らない」と言う。ゲレトゥ氏はアディスアベバ郊外のレブにある華堅集団の工場に勤務し、月給1,400ビル(51ドル:約5,500円)を貰っていると語った。「さらに、華堅集団は待遇も悪い。気分次第で私たちを怒鳴りつける」
『厲害了、我的国』は大掛かりな撮影技術を駆使し、グローバルな国家としての復興という習近平国家主席のビジョンを追求する中国の、理想的な姿を明確に示している。成功ばかりとは言えない現実の中国とは異なる姿だ。同作は、中国宣伝機関の意向を具現化した作品だ。宣伝機関は、感動的なドキュメンタリー映画を製作しただけでなく、作品の熱狂的なファンを作り出すという点でも一役買った。
IMDb.comでも正式に公表されているが、『厲害了、我的国』の主役は習国家主席自身であり、90分間の劇中に30回以上登場している。同作が公開されたのは、憲法の改正による習政権の無期限化を議会があっさり承認してしまった3日前のことだ。
『厲害了、我的国』の監督を務めたウェイ・テー氏は、AP通信の指摘を受けるまで、華堅集団が物議を醸していることを知らなかったと言う。中国共産党が統制するメディアでは、何年にも渡り華堅集団に好意的な内容しか報道されていなかったことや、海外のニュースサイトがブロックされているという事実を踏まえれば、それも当然のことだ。
ウェイ氏が言うには、華堅集団にスポットを当てたのは、同社が「アフリカに、中国による繁栄をもたらした」ためだ。
『厲害了、我的国』では華堅集団を、より大規模なプロジェクトの中核を成し、包括的な企業活動を行っている手本として大々的に称賛している。その大規模プロジェクトとは、習氏が特に力を入れる一路一帯構想だ。一路一帯構想は、中国のインフラと影響力を数十ヵ国に拡大するという、第二次世界大戦後にアメリカが主導したマーシャル・プランに匹敵するほどの広範囲を視野に入れる程の壮大な計画である。
映画ではナレーターが、「外の世界へと進出する上で、中国が追求しているのは、私たちの生活を向上することだけではなく、他国の人々の生活も向上することである」と語っている。
しかしAP通信が華堅集団の従業員と元従業員4人に取材したところ、従業員らは、賃金が非常に安く、生活費を賄うにも苦労したと言う。従業員は安全装備を支給されず、長時間の労働を強いられ、労働組合の結成を禁じられ、中国人マネージャーに怒鳴られていたと述べた。
華堅集団を昨年退職した20歳のゲターン・アレム氏は、「目や鼻を痛める薬品や、手を怪我するような機械がある」と語った。「会社は手袋を支給するなどということは考えもしない! 防護用具なしで働くことを拒否すれば、クビを命じられる」
最低賃金が法的に定められていない国に華堅集団が投資する主な動機について、幻想を抱く者はほとんどいない。
エチオピア投資委員会の会長を辞任し、新総理大臣の諮問役となったフィッツム・アレガ氏によると、「華堅集団のような企業は、人件費を節約するためにアジアを出て、アフリカに進出している」。アレガ氏は、エチオピア政府は企業に労働者を保護するよう求めていると言い、5,000人超のエチオピア人を雇用した点については華堅集団を称賛した。しかし「もっと良いやり方があったはずだ」と付け加えた。
ニューヨークの非営利団体、中国労工観察(China Labor Watch)の創設者であるリー・チアン氏によると、華堅集団は過度な残業、低賃金、暴言や暴力など、同氏が中国で見てきた中でも最悪の労働環境にあった。華堅集団はすべての嫌疑を否定している。同社はまた、AP通信の取材に応じなかった。
昨年、中国労工観察の男性職員3名が、華堅集団を対象とし、「イバンカ・トランプ」の納入元を調査した後に中国で拘束された。3名の職員は保釈されているが、現在も警察の監視下にある。
「イバンカ・トランプ」のブランドは、今後は華堅集団と仕事をしないと発表し、「引き続き製造環境の管理に真剣に取り組んでいく」と述べた。
『厲害了、我的国』は、ドキュメント映画の過去最高の興行成績を記録した。その週分の昼の回の上映チケットはすぐさま完売したが、市民が熱望していたか、チケットが組織的に一括販売されたかのどちらかだろう。
AP通信が調査した結果、『厲害了、我的国』を鑑賞した客のうち、自分でチケットを購入した者はひとりもいなかった。彼らは自ら購入せずに、「党建活動」の一環としてチケットを配っていた国営企業や近隣の党委員会、政府機関からチケットを入手していた。
中国で人気の映画レビューサイト豆瓣(Douban)では、ユーザーが『厲害了、我的国』に関するコメントを書き込めないようになっている。掲載されるのは公式メディアによる投稿のみで、10段階中8.5の評価をつけている。アマゾンのIMDb.comでは、星1つという全く異なる評価だ。
しかし一部では、『厲害了、我的国』を観て、中国が大国のひとつという相応しい地位を取り戻すための用意を整えたことを再確認できたと喜ぶ声もある。
定年退職した68歳のズオ・チエンイー氏は、「この映画を観るまでは、私たちの国がいかに素晴らしい国か知らなかった」と言う。「私はイギリス、スペインなど多くの国に滞在したが、どの国も中国ほど、少なくとも上海ほど素晴らしい場所ではない。私はとても幸せだ。これから今まで以上に我が国を愛するだろう」
By ERIKA KINETZ and ELIAS MESERET, Associated Press
Translated by t.sato via Conyac