シリアの戦場を体験 現実の過酷な問題に挑むVRクリエーター トライベッカ映画祭
「ドアを通り抜けると、あなたはシリアにいます」
「Hero」というアニメーションによるVRインスタレーションの中に入る前に、ガイドのThea(テア)からこのような案内を受ける。トライベッカ映画祭のStoryscapes部門で競っている体験型の展示のうちのひとつだ。ひとたびヘッドセットとバックパックを身に着け目を閉じると、VRアニメーションと感覚的効果の組み合わせによって、まるでシリアの村に歩いて入ったような気分に陥る。体験が強烈すぎると感じたらいつでも手を上げてください、とTheaが続ける。
最初のうちは平和な光景だ。ラジオから音楽が流れる。犬がほえている。子供が家に呼び戻される。
ヘリコプターが頭上を通り過ぎると一瞬のうちに辺りは一変し、大殺戮の現場となる。爆音が響き、まばゆい閃光と轟音、震える大地、髪を逆立てるほど強い爆風が体を伝わる。何が起こったかわからないうちに、瓦礫越しに助けを呼ぶ声が辺りを埋め尽くす。次に何をするかは、体験者に完全に委ねられている。
「Hero」の目的は、最先端の技術を利用し、はるか遠くで起こっている悲劇をありありと肌で感じられるようにすることだ。
「新聞で目にすること、TVのニュースで耳にすること、それらからはクリック一つで目を背けることができます。あなたが実際に、本当の意味でそれらを体験するのはこれが初めてなのです。現実に起きているそれらの悲劇を見る目が変わります」と「Hero」のクリエーターチームのナヴィド・ホンサリは言う。「恐らく、こうした体験を通じて私たちはより人間らしくなるでしょう」
過去に「グランド・セフト・オート」や「マックス・ペイン」を手掛け、ゲームデザインに優れたホンサリの作業チームには、彼の妻のヴァシリキ・ホンサリやブルックス・ブラウンも加わっている。
しかし、体験するユーザーに並々ならぬ行動の自由、選択の自由を与えてくれるようなトライベッカ映画祭での呼び物は「Hero」だけではない。「Terminal 3」ではホログラムを利用し、中東からの旅行者に対応する入国審査官の体験ができる。どちらの展示においても、仮想現実がリアルと融合されている。
「今年は、クリエイターが現実の問題を新しい感覚でもって緊急性のあるものとして見ていることを間違いなく認識しています」トライベッカ映画祭のシニアプログラマーのローレン・ハモンド氏は述べる。「VRを利用して人々を違った場所に連れてくることはいつも効果的です。しかし『Hero』によって感じる融合の度合や『Terminal 3』によって感じる不快感の度合は、全く新しく革命的なものです」
これらの作品にはいくつかの先駆者があるが、最も有名なのはアレハンドロ・イニャリトゥの「肉と砂」(「バーチャルには存在するが、物理的には見えない」)である。好評を博した映画監督によるマルチルームでのVR展示は、昨年のカンヌ映画祭を皮切りに全世界を興行している。このインスタレーションでは、ユーザーは米国に不法に入国しようと試みるメキシコの難民の体験へと導かれる。イニャリトゥの言葉によると、この技術は「時に言葉では言い表せないような感情や感覚」を呼び覚ます。
「Terminal 3」のクリエーターのアサド・J・マリクはパキスタンで生まれ、大学入学を期に米国へ移住し、拡張現実の分野でキャリアをスタートさせた。彼の「アサドとアサド」もまた、ホログラムによってアメリカでイスラム教徒として生きることを追求する作品だ。「Terminal 3」は、彼の故郷であるアボタバード(オサマ・ビン・ラディンが殺害されたパキスタン北東部の都市)から旅行中に、アブダビの税関で尋問を受けた経験から着想を得たと彼は語る。
「驚くべきことに、私はそれらを楽しんでいました。誰かが注意深くあなたの話を聞くために、雇われているのです。自分について語らなければなりません」とマリクは述べる。「2人の人物が巨大な力の働く舞台装置の中に座って相対し、一人がもう一人について知ろうとします。質問は個人的な部分にも及びます」
税関の事務所を模した、すすけた白い部屋のような装置の中で、マイクロソフト社のHoloLensを使用した「Terminal 3」の参加者は彼らに投げかける質問を選び、最終的には彼らが米国に入国できるかどうかの判断をYesかNoで下す。質問が終わると、参加者は角を曲がり、ホログラムの後ろでじっと待っている実際の人物のところへ行く。ほんの数歩だが、「Terminal 3」を通して抽象から現実へ旅をするのだ。
「Hero」と「Terminal 3」のどちらも、小さい装置ではない。共に大きく、場所を取るインスタレーションだ。マリクと彼のチームはこのプロジェクトのためにホログラムを67個作り上げた。彼は映画祭のために、67個全てを運び入れることを望んだ。
「それは悪夢のような計画でしたよ」と彼はため息をついた。「しかしそれだけの価値がありました」
By JAKE COYLE, AP Film Writer
Translated by Y.Ishida