夫婦ともに最期を迎える「デュオ安楽死」 欧州で広がる

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 2024年、オランダのドリス・ファン・アフト元首相と妻のユージェニーさんが、93歳で「デュオ安楽死」を選択したことが、ヨーロッパ各国のメディアで大きく取り上げられた。「デュオ安楽死」とは、高齢夫婦のどちらかが末期状態になった際、双方がそれぞれの要件を満たしたうえで、ともに安楽死を選択することを指す。オランダでは、デュオ安楽死の事例が増えている。

◆制度化が進む欧州、安楽死は身近な問題に
 安楽死を世界で初めて法制化したのは2001年のオランダで、制度は2002年に施行された。以降、ベルギー、ルクセンブルク、カナダなどで制度化が進み、スイスでは「自殺ほう助」が認められている。2022年には、映画界の巨匠、ジャン・リュック・ゴダール監督が、スイスで自殺ほう助を受けて自死したことが報じられ、問題がより身近に意識される契機となった。

 オランダでは全死亡数の約5%にあたる9068人が安楽死で死亡し、そのうちデュオ安楽死は33件(66人)だった(BBC)。

 スイスでは、安楽死を求め、自殺を手助けする「自殺ほう助団体」に登録する人が増えているという。スイス連邦統計局によると、国内の自殺ほう助による死亡者は、22年には1500人、23年には1729人に上った。外国人を受け入れる団体もあり、デュオ安楽死を含む自殺ほう助を望む場合、国外からスイスに赴く例もある。

◆公開が続く安楽死をテーマにした映画が世相を語る
 近年、「安楽死」をテーマにした映画が相次いで公開され、世界的に注目されている。それだけ関心の高さを物語る現象だ。

 2021年、フランスのフランソワ・オゾン監督は、『すべてうまくいきますように』において、脳卒中で倒れ、フランスでは違法のためスイスでの安楽死を望む父親と娘の葛藤を描いた。2024年、スペインのペドロ・アルモドバル監督は、『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』で、重い病に侵され、安楽死を望む女性と、彼女に寄り添う親友のかけがえのない日々を綴った。日本では、2025年、『彼女が選んだ安楽死~たった独りで生きた誇りとともに~』が、難病を患い、安楽死のためにスイスへ渡った日本人女性を追ったドキュメンタリーとして公開された。

 なかでも、新しい安楽死のあり方として話題を呼んでいるのが、スペイン・イタリア・スイス合作の『両親(ふたり)が決めたこと』だ。高齢の妻クラウディアが末期がんで余命を宣告され、夫フラビオとともにデュオ安楽死を選ぶ決断をするなか、子供たちが戸惑い、反発し、やがて向き合っていく家族の葛藤を描く。作品は2024年のトロント国際映画祭プラットフォーム部門で作品賞を受賞し、日本でも26年2月に公開された。

◆厳しい条件クリアが必須、容易ではない安楽死への道
 安楽死専門センター(Expertisecentrum Euthanasie)の広報担当者、エルケ・スワルト氏によると、安楽死の希望は個別に厳格な規制に照らして審査される。しかし、安楽死を支持するNVVE財団の代表は、「希望者は多いが、難しい条件をクリアする道は険しく、実際に安楽死に至る人は少ない」という。(英ガーディアン紙

 安楽死が許可される条件は多岐にわたる。まずは、治る見込みのない病気であること、耐え難い苦痛や障害があること、健全な判断能力を有することの3点が必要となる。医師の診断書や安楽死を希望する身上書を提出し、団体の専門医による審査で認められれば許可される。

 安楽死に至るプロセスは、たとえば、スイス最大の自殺ほう助機関「エグジット」などの関連団体に会員登録し、許可された場合、医師が処方した致死量の薬物を、患者本人が点滴のバルブを開けて投与するか、口から飲み込んで体内に取り込む。

◆タブーではなく、ポジティブな解決策と捉える
 世界的に見ると安楽死を合法化する国は増加傾向にあるが、日本では安楽死を法律で認めておらず、明確な規定もない。法的な根拠がないなか、判断は医療現場に委ねられているのが現状だ。

 安楽死には、医師が患者に致死薬を投与する「積極的安楽死」と、治療を行わないことで死に至る「消極的安楽死」がある。日本では、患者の尊厳を保ちながら自然な死を迎えるように、人工呼吸器の取り外しや、必要な薬の投与を停止することなどが行われている。いわゆる「尊厳死」と呼ばれ、本人の意思を示すことが推奨されている。

 日本で安楽死に関する議論が慎重に進められてきた背景について、「安楽死・尊厳死の現在」などの著書がある静岡大名誉教授の松田純氏は、家族や周囲との関係性を重んじる日本社会の特性を指摘する。

 松田氏は、制度が整えば本人の自由な選択が保障される一方で、「高齢だから」「病気だから」といった理由から、周囲の期待や無言の圧力によって死を選ばざるを得ない状況が生まれる可能性にも注意を促す。安楽死の議論は、個人の意思と社会的影響の双方を慎重に見極める必要があるという。(朝日GLOBE+

 一方、『両親(ふたり)が決めたこと』のカルロス・マルケス=マルセット監督は、デュオ安楽死が広がる理由を「悲劇ではなく、愛する人とともに“良い終わり”を迎えるためのポジティブな解決策」と捉える。この作品の主人公、安楽死を望む母親が舞台女優であった過去を可視化するため、華やかなシーンを織り込んだミュージカル仕立てにし、両親に死を決めたことを伝えられた家族の葛藤も、終始ユーモアのあるやりとりで暗さを感じさせない。

 安楽死というテーマは、倫理や生命の尊厳について深く考えさせられる。しかし、語ることがタブー視されていた時代は去り、少なくともヨーロッパにおいては、「安楽死」という言葉に、いまや悲哀はない。夫婦ともにその選択をする日がくるかもしれない、身近な社会問題と捉えられるようになってきた。

 日本でも、急速な高齢化や孤独死の増加が現代の問題となっている。安楽死についての議論も遅かれ早かれ進めていかなくてはならないのではないだろうか。

Text by Miki D'Angelo Yamashita