ギター老舗ギブソンが倒産危機 つまずいた「音楽界のナイキ」構想
エルビス・プレスリー、B・B・キング、エリック・クラプトン、ガンズ・アンド・ローゼスのスラッシュなど、多くの有名ミュージシャンに愛されたギブソンのギターが大ピンチに陥っている。ギブソン社は多額の負債を抱えており、返済に行き詰まれば、今年夏には破産してしまうという。116年続く老舗ギター・メーカーが、なぜ凋落の一途をたどったのか?
◆メイド・イン・アメリカが誇りも、負債で破産寸前
ギブソンは、米テネシー州ナッシュビルに本社を置く楽器メーカーだ。看板商品であるレスポールなどのエレキ・ギターやアコースティック・ギターを製造している。1986年に倒産の危機に瀕したが、同社を買った投資グループの一員だったヘンリー・ジャスキヴィッツ現社長により、経営は立て直された。
しかし、近年の経営は厳しいものだったとニューヨーク・タイムズ紙(NYT)は指摘する。年間収益は12億ドル(約1284億円)以上あるが、多額の負債を抱えているという。7月には3億7500万ドル(約400億円)の有担保ローンが支払期日を迎え、これが払えない場合、自動的に追加の1億4500万ドル(約155億円)の支払い責任が生じることになっている。ブルームバーグによれば、ギブソンはサプライヤーからより厳しい支払い条件を突きつけられている上に、最高仕様の製品に欠かせない材料であるローズウッド(シタン材)に適用される新輸入規制にも苦しんでいるという。メイド・イン・アメリカをプライドとし、メンフィスの工場でギターのボディ製造を手作業で行ってきたが、その工場も12月に手放している(注:製造自体は継続)。
◆多角化に失敗。異業種買収が痛手に
NYT、ブルームバーグともに、凋落の原因はジャスキヴィッツ社長が多角化を目指したことだと指摘する。ジャスキヴィッツ氏は、スポーツ用品メーカーのナイキのように、「競技者だけでなく、通常の消費者に売らねばならない」と語り、ギブソンをギターだけではなくオーディオ機器を売る「ミュージック・ライフスタイル・カンパニー」に変身させようとした。
多角化に向け、ギブソンは2012年には日本のオンキヨーを含め、いくつかの家電メーカーに投資した。そして2014年にはオランダのフィリップスの音響機器部門を買収したが、畑違いで大手がひしめく家電事業への参入はうまくいかず、社長自らが後に「お粗末な決断だった」と言うほどの大失敗となってしまった(NYT)。
◆ロックは死んだ。ギタリストは流行らない
ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンが発行するユニバーシティ・オブザーバー紙は、経営判断の間違いはさておき、ギブソンが直面する問題は、「ロックが死んだ」ことだと指摘する。一般大衆の音楽の聴き方は大きく変わり、ロックは30代以上の人が聴く歴史の遺物となってしまった。エレキ・ギターを聴かせる楽曲がチャート入りすることもほぼなくなってしまったとしている。代わって好まれるのがシンセやDJで、音楽ファンは伝説のギタリストに遭遇することもなく、彼らのように演奏したいという夢を持つこともない。また、未来のギタープレーヤーの注目をガッチリ得ることができるほどのビッグで印象的なバンドも不在だとしている。
ジャスキヴィッツ社長もこの点を認識しており、多角化にはギターの売り上げ減少による危機感があったとNYTは述べる。ギター・ヒーローの不在から会社の未来を心配し、ジャスティン・ビーバーがアコースティック・ギターをつま弾くだけでは、利益につながらないと話していたそうだ。
◆再生なるか? 存続を望む声も
NYTは、会社が多角化すべきか、得意分野に特化すべきかは、永遠のビジネス・ジレンマだと述べる。しかし結局は執行力の問題であり、ジャスキヴィッツ社長は負ける賭けをしてしまったのだとしている。
ギブソンの今後については、ムーディーズのシニア・アナリスト、ケビン・キャシディ氏は、債務不履行か、ある種の財務再構築の可能性が高いとしている。会社側は再生に望みを掛けているものの、これまでに毎年信用調査を依頼し、前もって1年分のオーダーを要求するなどしていたため、リテーラーとの関係が悪化している。取引をやめた業者も多く、前途は多難だという(ブルームバーグ)。
NYTは、何が起ころうが、ジャスキヴィッツ社長のギブソンでの未来は終わりに近づいていると述べる。ポール・マッカートニーが率いたウイングスの元リード・ギタリスト、ローレンス・ジューバー氏は、ギブソンはフォーカスを失くしたと批判しつつも、象徴的なブランドの一つであるだけに消えてしまうことは想像しがたいと語っている(ブルームバーグ)。