腸内微生物が脳の進化に関与する可能性 ヒトなどの細菌をマウスに移植し検証

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 人類の進化における大きな謎の一つは、なぜヒトの脳がこれほどまでに巨大化し、高度な認知機能を獲得できたのかという点だ。最新の研究により、その手がかりの一端を、我々の体内に生息する「腸内微生物叢(マイクロバイオーム)」が握っている可能性が浮上した。

 アメリカのノースウェスタン大学の研究チームが発表した最新論文によれば、霊長類由来の腸内微生物叢の違いが、無菌マウスの脳での遺伝子発現に影響し得ることが示された。研究チームは、こうした影響が脳の発達や機能差に関わる可能性を議論している。

◆霊長類の微生物叢移植で脳の遺伝子発現に差
 生物人類学のケイティ・アマート准教授率いるチームは、脳の大きさが異なる3種類の霊長類(ヒト、リスザル、マカク)から採取した腸内微生物叢を、無菌状態のマウスに移植する実験を行った。

 移植から8週間後、マウスの脳(前頭前野領域)を解析したところ、ドナーとなった霊長類の違いに応じて遺伝子発現に差が生じていた。ヒトやリスザルといった相対的に脳が大きい霊長類の微生物叢を移植されたマウスでは、「エネルギー代謝」と「シナプス可塑性(学習や記憶に関わるプロセス)」に関連する遺伝子の発現が高まる傾向がみられた。

 対照的に、マカク由来の微生物叢を移植されたマウスでは、これらの発現が相対的に低い傾向だった。さらに、マウスの脳内で観察された遺伝子発現パターンの一部は、微生物叢の提供元となった霊長類の特徴と似通っていたという。研究チームは、腸内微生物叢の違いが宿主の脳の状態を異なる方向へ導き得ることを示唆するとしている。

◆精神疾患との「関連」を示すシグナル
 研究チームが注目した点の一つが、マカク由来の微生物叢を移植されたマウスで、ADHD(注意欠如・多動症)や統合失調症、双極性障害、自閉スペクトラム症などと関連づけられる遺伝子群に関わる発現パターンが観察されたことだ。

 ただし、これはマウスがそれらの疾患を発症したことを意味するものではなく、あくまで「関連が指摘される遺伝子発現の変化」がみられたという段階である。研究チームは、腸内微生物叢が発達期の脳機能に影響し得る可能性を踏まえ、今後の検証が必要だとしている。

 アマート准教授は、発達の早い段階での微生物叢との関わりが脳の働きに影響し得るとして「発達の早期段階で、人間に特徴的なマイクロバイオームに十分さらされない場合、脳の働きが変化し、症状につながる可能性がある」と述べている

◆進化を支えたエネルギーの“背景”か
 脳は極めてエネルギー消費の激しい器官である。研究チームは過去の調査で、脳が大きい霊長類に特徴的な微生物叢が、宿主の代謝に関わる点を報告してきたという。

 今回の研究は、腸内微生物叢が単なる消化の補助役にとどまらず、脳機能に関わる分子レベルの変化と結びつき得ることを示した。もっとも、本研究は3種類の霊長類由来の微生物叢を無菌マウスで調べたものであり、人間の脳の進化や精神疾患との関係を直ちに断定することはできない。とはいえ、「人間らしさ」の背景に、脳だけでなく腸内の微生物との共生が関わっている可能性を改めて浮かび上がらせた点で、興味深い成果だ。

Text by 白石千尋