仏発の祭典「サロン・デュ・ショコラ」が変えた日本のチョコ文化 「贈る」から「自分へのご褒美」

パリで開催された「サロン・デュ・ショコラ」のファッションショー|ToninT / Shutterstock.com

 パリで始まったチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」が30周年を迎えた。日本では2003年にスタートし、年々規模を拡大してきた。近年は会期中に入場待ちの列ができるほどの人気ぶりだ。なぜ今、日本でこれほどチョコレートに熱狂するのか。

 2月14日はバレンタインデー。日本では女性から男性へ「本命チョコ」や「義理チョコ」を贈る一大イベントとして定着してきた。一方、アメリカやフランスなどでは、男性から女性に花束を贈るのが定番とされる。バレンタインとチョコレートの結びつきは、日本独自の側面が大きい。

 バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣は、兵庫県の洋菓子メーカー「モロゾフ」の創業者、葛野友太郎氏が始めたとされる。イタリアのヴァレンティノ司祭が、ローマ帝国のキリスト教迫害下で兵士の結婚を執り行ったため処刑されたという逸話がもとになっているという。

◆バレンタイン商戦の一イベントとして始まったサロン・デュ・ショコラ
 年々、バレンタイン期間のチョコレート販売の催事は規模が大きくなった。2003年、伊勢丹新宿店が催事として、フランスのチョコレート見本市「サロン・デュ・ショコラ」を導入したところ、会場への入場待ちの列が階段下まで続く盛況ぶりとなった。以降、毎年行われるようになるが、日本のチョコレート市場は著しく成長を遂げ、動員数・売上も年々増加の一途をたどった。世界中のショコラティエ(チョコレート職人)やブランドが集結し、チョコレート作りのパフォーマンスや来場者との交流を通じて、チョコレートの魅力を深く体験できる機会を提供してきたからだ。

 サロン・デュ・ショコラは1995年、2人の実業家が「ショコラティエやカカオ生産者の名誉を高めていきたい」という思いから、パリでスタートした。毎年10月から11月ごろに開催されている。

 フランス人にとってチョコレートはソウルフードだ。子供のおやつはフランスパンにチョコレートを挟んだもの。カフェやレストランでコーヒーを頼むと、もれなくチョコレートがついてくる。スーパーのチョコレート売り場の広さにも驚くが、パリでは1ブロックに1軒、チョコレート専門店があるくらいだ。サロン・デュ・ショコラはフランスを代表するイベントとして開催されており、チョコレートはフランス国民にとって日常生活になくてはならない必需品なのだ。

◆チョコレート文化を職人芸として世界に広める
 そんな歴史を持つサロン・デュ・ショコラは、今やフランスから世界各国にチョコレート文化を広める役割も担っている。東京のほか、ニューヨーク、上海、リヤドなどで展開し、モスクワや北京でも開催されたことがある。

 トップショコラティエやブランドが集まり、技術・感性・創造性を披露する舞台でもある。昨今、職人芸術としての価値が高まり、会場ではパティシエのパフォーマンス、チョコレートで作ったコスチュームのファッションショー、チョコレートの原料カカオ産地の解説など、新しい発想のチョコレートを紹介する企画が盛りだくさんだ。

 2025年は10月29日から11月2日まで、パリのポルト・ド・ヴェルサイユ見本市会場で開催され、2万平方メートルの会場に約260社が出展し、来場者は10万人が見込まれた。

 2024年から同イベントのディレクターを務めるマリアンヌ・シャンデルナゴール氏によると、世界的に有名なパティシエによるマスタークラス、チョコレートで作られた衣装で繰り広げられるライブミュージカルショー、壮大なチョコレート彫刻展など、チョコレートの可能性を探るさまざまな企画が行われたという。

◆味わうだけではない、チョコレートにまつわる付加価値に魅力
 一方、社会的価値観の変化とともに、80年代をピークに日本流バレンタインデーは変化してきた。近年は同性の友達にチョコを配る「友(とも)チョコ」市場が広がり、現在主流になっているのは、誰かに贈るのではなく「自分へのご褒美」としての「自分チョコ」だ。

 サロン・デュ・ショコラは、その一端を担う体験型イベントとして独自に進化してきた。ライブデザートや限定チョコレート、オンラインでしか買えないブランド、日本に輸入されていないチョコレート店、人気ショコラティエが来日して一堂に会する舞台として愛好家を魅了する。

 チョコレートファンは、カカオは何%か、どこの農園の豆なのかといった点だけでなく、チョコレートの産地や製造工程、チョコレートショップの歴史まで含めた付加価値にも重要性を感じている。「推し」のショコラティエやブランドを追ってフランスまで遠征するファンもいる。2026年は、スターショコラティエで、2025年に「世界最優秀パティシエ」の称号を獲得したマキシム・フレデリックの初来日が話題となっている。

◆贈り物ではない、「自分チョコ」に10万円
 こうしてチョコレートの価値が高まるにつれ、サロン・デュ・ショコラで販売されるチョコレートは高級化した。一口サイズのボンボンショコラでも、小さな1粒が500円以上する商品は珍しくない。1回で10万円以上購入する人も少なくない。開店してすぐ売り切れるチョコレートもあるため、有給休暇を取得して朝から行列に並び、開店を待つ人もいる。購入したチョコレートは食感や品質が損なわれないよう冷蔵庫ではなく、部屋の暖房を切って保管するという。

 ここ数年、サロン・デュ・ショコラでは産地や小規模生産者を強調するブースが次々と出店されている。カカオ豆から板チョコレートまでを自社内で一貫して行う「Bean to Bar」など、新しい潮流として注目されてきた。

 最新のチョコレートのトレンドは、ポリフェノールが豊富でアンチエイジングや血圧低下が期待される健康志向の高カカオチョコレートだ。動物性原料を使わない、地球と体にやさしい、SDGsに配慮したヴィーガンチョコレートも広がる。開発途上国の生産者から適正な価格で継続的に購入し、生産者の生活向上と自立を支援したり、環境破壊を防いだりすることを目指し、カカオ生産者の暮らしを守る取り組みを通じて作られたフェアトレード製品など、もはや一嗜好品の枠を超えた進化を遂げている。

 マリアンヌ・シャンデルナゴール氏は、「チョコレートは単なる甘いお菓子ではなく、人類の歴史とともに進化してきた文化的な存在である」と指摘する。ファン同士で情報収集をする横のつながりも広がっており、日本独自のチョコレート文化もサロン・デュ・ショコラとともに、ますます発展することだろう。

Text by Miki D'Angelo Yamashita