マッターホルン麓に260m超高層案 住宅不足の観光地の答えになるのか
スイス・ツェルマットの町並みとマッターホルン|jack-sooksan / Shutterstock.com
スイスのマッターホルン山麓のリゾート地、ツェルマットで、高さ約260メートルの高層住宅建設計画が物議を醸している。深刻な住宅不足を背景に、高層化が解決策になるとの見方がある一方、オーバーツーリズムや景観への影響を懸念する声も上がっている。
◆マッターホルンを一望 生活関連施設も充実
高さ260メートルの「リナ・ピーク」と名付けられた超高層ビル建設計画は、地元出身の起業家で建築家でもあるハインツ・ユレン氏が打ち出した。ツェルマットの入り口から約800メートル離れた標高約1500メートルの4区画の農地が建設予定地だ。建物上層部からは、雪と岩で覆われた標高4478メートルのマッターホルンを遮るものなく眺めることができるという。(スイス放送協会ウェブサイト『スイスインフォ』)
2階から32階までは、リゾート内で雇用される労働者も含めた地元住民専用となり、価格も手頃に設定される。上部の30階分は、主に外国人富裕層向けの豪華マンションに充てられる予定だという。建物は一辺40メートルの正方形ベースで建設され、1000台収容の駐車場のほか、コンサートホールやスポーツ関連施設、保育所、店舗などを併設する計画だ。ユレン氏は、予定地の農地をすでに取得済みだという。(英タイムズ紙)
◆地価高騰で住宅難 解決策としての高層化
「リナ・ピーク」建設は、町の深刻な住宅不足に対する垂直的な解決策としての提案だという。ツェルマットの常住人口は約6000人だが、冬場には4万人以上に膨れ上がり、宿泊施設の逼迫(ひっぱく)が繰り返されている。この状況は不動産価格をますます高騰させ、住宅購入は庶民には縁遠いものとなっている。(建築雑誌ドムス)
タイムズ紙によれば、ツェルマットの平均住宅価格は1平方メートルあたり約2万スイスフラン(約400万円)に達し、欧州でも最高水準だ。ユレン氏は、住宅の高層ビル化を、経済困難という嵐のなかで住民を保護する堅固な壁に例えている。
しかし、建設には大きな壁がある。農地である建設予定地を建築地域に変えるには、600の署名集めとその後の住民投票が必要となる。これをクリアしても、プロジェクト完成には5年から10年を要すとされ、総費用は5億スイスフラン(約990億円)に達する見込みだ。さらに、数千人の住民が住む垂直集落ができれば、アクセスに使う道路の混雑は悪化する。開発側は、そのために観光客の流れを調整するビジターセンターの設置と、市街地を経由せずにスキー場へアクセスできる新たなゴンドラの建設を計画しているという。(スイスインフォ)
◆リスクも多大 観光業の在り方に本質的問題も
ドムスは、この計画には矛盾もあるが、土地消費の削減、サービスとインフラの集中化といったメリットがあり、スプロールの抑制とエコロジカルフットプリント(人間が地球環境に与える負荷の大きさを測る指標)縮小への願望を反映したものだと一定の評価をしている。ただし、アルプスの大都市化は景観の破壊を招くリスクがあり、特殊な気候と生態条件下での建設には技術的課題と莫大なコストも伴うと指摘。加えて、今後観光客の流れが減少した場合、不動産事業にも崩壊の危機が訪れる可能性があることも示唆した。タイムズ紙によれば、一部住民からは、高層ビルが、すでに深刻化しているオーバーツーリズム問題を悪化させ、町の景観を損なうという意見も出ているという。
昨年、標高3883メートルのクライン・マッターホルン山頂への訪問者は初めて90万人を突破し、大衆観光の脅威が現実味を帯びてきたという。スイスインフォは、すでに過密状態にあるリゾート地にさらなる観光客を呼び込むことになる投資継続を疑問視しており、超高層ビルの是非に関わらず、観光業の在り方が真剣に議論されるときが来たと見ている。




