中韓THAAD:米識者「韓国は折れない」「中国は韓国を取り込むため軟化も」

Office of the President of the Republic of Korea

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が今月14日、初訪中し、習近平国家主席と会談した。在韓米軍のミサイル防衛システムTHAADの配備を巡って対立が続く両国の関係が修復されるか注目されたが、慣例の共同声明発表が見送られるなど大きな進展は見られなかった。北朝鮮情勢が絡む問題であるだけに、主要海外メディアも中韓関係の行く末に注目している。
 
◆韓流スターを使ったアピールも虚しく共同声明発表は見送り
 米韓とも、THAADはあくまで北朝鮮のミサイル攻撃に対抗するためのものだとしているが、中国は自国の安全を脅かすものだとして配備に猛反発している。昨年7月の配備決定以来、中国は韓国への団体旅行の禁止、韓流スターの国内テレビ番組への出演制限、韓流ドラマの放映禁止といった「禁韓令」で対抗。韓国車の中国での販売実績も急落している。公式な経済制裁ではなく、10月に観光禁止の緩和の動きがあったものの、依然として韓国経済に大きなダメージを与え続けている。

 国際安全保障ライター、クリント・ワーク氏は、今年1〜10月期の韓国経済は、中国の制裁によりGDPの0.5%に当たる75億ドルの損失を被ったと指摘(米国営放送局ボイス・オブ・アメリカ=VOA)。これに危機感を覚えた韓国経済界は、過去最大規模となる約300人のビジネスリーダーらによる代表団を結成し、大統領の訪中に随行。代表団には、有名韓国人女優や中国でも人気のある男性アイドルグループ「EXO」の姿も見られた。大統領と代表団は、北京で開かれた貿易見本市を視察。また、中国南西部にあるヒュンダイ自動車の工場を訪問した。

 しかし、韓国側のアピール虚しく関係修復に向けた大きな進展は見られなかったという見方が強い。首脳会談終了後には、両首脳が友好的な共同声明を発表するのが通例だが、今回は会談前から共同声明を出さないことが決まっていたという。ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)は、「これは、中国がミサイル防衛システムに対して厳しい立場を取り続けていることを示す」と分析。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)も「一部のオブザーバーは、これを緊張継続のサインと見ている」と報じている。

◆表向きの友好ムードの裏で中国警備当局と韓国メディアが衝突
 文大統領は、中国国営テレビ局CCTVのインタビューで、「THAADが北朝鮮のミサイルに対する防衛という本来の目的を超えて中国の安全を脅かすことはないということを、約束する。アメリカもそれをあらゆる局面で保証している」と明言した。また、首脳会談の冒頭では「私は、人間関係だけでなく、国同士の関係においても信頼が最も重要だと考えている」と発言。中韓関係の「新たなスタート」を切りたいという強い意思を示した(NYT)。

 習主席も、「中韓関係は、我々全員が知っている理由により後退した」と、THAAD配備により中韓関係が冷え切っていることを具体的に認める発言をしたと報じられている。そして、「大統領の訪問が、関係改善の重要な機会となるだろう」と応じたという。両首脳は、戦争による北朝鮮問題の解決は望まず、対話と交渉の再開を目指すことで合意した。

 一方、その裏では大統領訪中の様子を報じる韓国メディアと中国警備当局との間で衝突が起き、韓国側のカメラマン2名が負傷するという混乱も起きている。WSJはこの件を、両首脳の表向きの融和的な表情と実際の両国関係の乖離を象徴する出来事として、皮肉を込めて報じている。

◆試金石は平昌五輪開会式の習主席の出欠
 米メディアにコメントを寄せた識者はいずれも、アメリカの圧力と北朝鮮の脅威を恐れる市民感情がある中で韓国側がTHAADの配備で中国に譲歩することはないと見ている。一方、VOAは「中国の一般大衆もミサイル防衛システムが北朝鮮ではなく、実際には中国に向いているものだという政府の考えに同意している」と、中国側の軟化も期待薄だと見ているようだ。

 ただし、韓国に対する制裁については、VOAは一般市民の複雑な声も紹介している。同局の街頭インタビューに答えた中国人男性は「我々は政府によるトップダウンの制約は好まない。政府は方向を示すことはできるが、それは市民の行動を規制するものであってはならない」と、言葉を選びながら、中国側のビジネスチャンスをも狭める禁韓政策を暗に批判した。

 在中戦略アドバイザリー・グループ、China Policy代表のデビッド・ケリー氏は、「中国は、韓国が日本と安全保障で協力するのを見たくないはずだ。韓国の核武装も望まないところだ」と指摘。また、中国は、アメリカ、日本、オーストラリア、インドによる中国包囲網に北朝鮮を挟んで国境を接する韓国が加わることを恐れているとも言う。同氏は、そのため、韓国を味方に引き入れるために中国が今後軟化する可能性は十分にあると見ているようだ(VOA)。NYTは来年2月に韓国で開かれる平昌オリンピック開会式に習主席が出席するかどうかが、その試金石になると書く。文大統領は首脳会談で出席を強く要請したというが、「この先数週間で検討する」という中国側の回答が注目される。

Text by 内村 浩介