全市民の顔画像、顔認識付き監視カメラを持つ自治体も 防犯に注力する中国

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 2030年までに人工知能(AI)の研究と応用における世界のリーダーとなることを目指している中国は、スタートアップ企業に多額の投資をしており、その成果があらわれている。なかでも進んでいるのが「顔認証技術」だ。すでに国内の犯罪者の発見、犯罪防止に利用されているが、ジョージ・オーウェルの『1984年』さながらの監視社会化を招いていると危惧する声もある。

◆欧米を脅かす中国の若い企業。政府がAI開発をバックアップ
 フィナンシャル・タイムズ紙(FT)によれば、中国の「顔認証」スタートアップであるMegvii Face++は、中国国営ベンチャー・キャピタル・ファンドと中露投資ファンドから、4億6000万ドル(約520億円)の資金調達に成功したと10月に発表した。Face++は、10月にイタリアで開かれた業界最大の国際的集まりであるコンピューター・ビジョン国際会議での画像認識テストにおいて、グーグル、フェイスブック、マイクロソフトの各チームを破っており、その高い技術力で将来的には海外展開を目指しているという。

 コンサルティング会社KPMGによれば、中国政府はすでに10億ドル(約1130億円)以上を初期段階から若いスタートアップ企業に投資しているという(FT)。ロイターによれば、中国ではテクノロジーの進歩と巨大市場を強みに若い起業家が育っており、顔認証の分野では、世界の最先端を行く企業が誕生している。

 その一つであるYituテクノロジーは、少なくとも20億人を数秒で認識する顔認証技術を持つ。創業者の1人、Zhu Long氏は、3つの理由から中国はAI開発には最適の場所だと述べる。1つ目は、中国人と中国政府が新しいテクノロジーにオープンであること、2つ目は、自身も含め、AI開発のための技術や研究スキルを海外で学んだ人材が中国に戻って来ていること、そして3つ目は、その人口の多さから莫大なデータを分析しソリューションを提供できることだとしている。つまり、中国の特異性がこの分野における研究を、他国に比べより実用的にしているとしている(サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙、以下SCMP)。

◆犯罪者以外は安心?画像から瞬時に個人情報特定
 顔認証スタートアップの最大の顧客の一つは、実は国家だ。BBCによれば、中国では現在1億7000万台の監視カメラが設置済みで、今後その数は4億台に増えるとのことだ。ロイターは、中国は世界一の監視ネットワークを構築しており、テクノロジーとビッグデータを利用し、国民の基本情報を自動的に特定する能力を高めていると述べている。

 実際に顔認証による監視の威力がどれだけすごいのかを、BBCが顔認証システムを導入した貴州省貴陽市の警察を取材して報じている。同市のデータベースにはすべての市民の画像が入っている。実験として、ここにBBCの特派員の画像を追加し、彼を容疑者に設定した。特派員が町に出ると、監視カメラが彼の顔をとらえて警察にその情報を送り、7分後には警官が彼を発見して逮捕した。警察側は、データは必要な時だけ取り出すことになっており、隠すことがなければ恐れる必要はないとし、一般市民の心配は不要だと説明している。FTによれば、中国の294の自治体のすべての警察では、顔認証監視システムにそれぞれ少なくとも1億元(約17億円)を投資しているとのことだ。BBCによれば、将来的には監視ネットワークを犯罪の予測に使うことが目標にされているという。

◆目的は体制維持?プライバシーの侵害を人権団体が懸念
 ロイターは、このような技術には他国であればプライバシーの問題が付きまとうが、監視されることにおいては、中国人はどっちつかずの態度だと述べる。清華大学のWang Shengjin教授は、中国人は安全とプライバシーのどちらを取るかと言われれば、安全を選ぶだろうとしている。

 国際人権組織、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、Yituのような会社が開発したシステムはプライバシーの侵害であり、異なる意見を標的にするものだと述べ、政府に極端な思想を持つとレッテルを張られた人々を含め、活動家や反体制派、少数民族の動きを予測し追跡するためにデザインしたものだと批判している。また、活動家たちは、中国が意義あるプライバシーの権利と信頼できる警察力を持つまでは、ビッグデータの収集をやめるべきだと訴えている(SCMP)。

Text by 山川 真智子