ロシアの対中ガス管計画、主導権は中国 「シベリアの力2」合意の実像

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 ロシアの国営ガス企業ガスプロムのトップは、中国向けパイプライン建設で合意に達したと述べたが、その合意の詳細には多くの不明点が残っているという。

 書面上では、「シベリアの力2」と呼ばれるこの計画は、ウクライナ侵攻をめぐって失った、長年にわたる欧州向け天然ガス販売の収入の一部をロシアが補う手段になり得るとされる。パイプラインは西シベリアのガス埋蔵地からモンゴルを経由して中国へガスを運ぶ。

 ガスプロムのアレクセイ・ミレル最高経営責任者(CEO)が「法的拘束力のある」覚書に署名したと述べたことは、チャイナ・ナショナル・ペトロリアム(CNPC)とのパイプライン建設をめぐり、ロシア政府と中国政府がアメリカに対抗して関係の深化を誇示する機会でもある。

 以下は「シベリアの力2」をめぐる主要論点と、それがなぜ欧州向けの失われた収入を完全には代替できないのかだ。

◆中国への新たな連結
 パイプラインは西シベリアのヤマル半島のガス田から東シベリアのバイカル湖付近を経て、モンゴルを横断し中国へと至る全長6700キロの計画だ。ロシアは50年以上にわたり、ヤマル産ガスを西方のパイプラインで欧州へ送り、高い利益を上げてきた。

 しかしウクライナ戦争を受け、ロシアは欧州向けのパイプラインガスの大半を止めた。欧州連合(EU)は残る供給も2027年までに終わらせる方針だ。

 したがって新パイプラインは、失われたガス販売を大口の新規顧客に振り向ける手段となり得る。

◆合意の地政学
 「シベリアの力2」は年間500億立方メートルを中国に送る計画だが、かつて欧州には最大で年間1800億立方メートルを送っていた。つまり新パイプラインは失われた取引の一部しか埋め合わせできない。これは、東シベリアの別の鉱区から年間380億立方メートルを送る既存の「シベリアの力」ラインを補完する位置づけだ。

 ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席の会談に合わせて発表されたミレル氏の声明は、肝心な点を欠いていた。ガス価格についての合意も、誰が建設資金を負担するかも示されなかった。

 アナリストらは、この発表は主としてロシアと中国の緊密化を誇示し、船で運ぶアメリカ産液化天然ガス(LNG)を牽制する狙いがあったとみている。

 アメリカのドナルド・トランプ大統領が報復として輸入品に25%の関税を課す一方で、インドはロシア産原油を購入している。また中国の対米LNG購入は、トランプ政権との通商摩擦に伴い中国側が課した関税で事実上止まっている。他方で中国は、アメリカとEUの制裁対象となっているロシアの「アークティック2」ターミナルからのLNG受け入れを開始している。

 こうした点からも、この合意が演出的な側面を持つことは明らかだ。

 オックスフォード・エネルギー研究所の中国エネルギー研究部門を率いるミハル・メイダン氏は「ロシア、インド、中国が『あなた方(西側)の制裁もLNGも気にしない』と言ってみせるショーだ」と語る。

 ロンドンの英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)のアネット・ボーア研究員(アソシエイト・フェロー)は、「この発表は『我々は口先だけではない、これが具体的な措置だ』と示すための実に完璧なやり方だ」と述べた。

 ただし彼女は、「ガスプロムにとっては前進だが、まだ成約ではない。確定したタイムラインも、最終的な価格合意もない」とも指摘する。

◆価格をめぐる中国の強硬姿勢
 パイプラインをめぐる協議が進まない最大の理由は、中国が低価格を強く求めているからだ。

 「現時点でも、中国政府が確約するのはパイプラインの一部にとどまり、しかも大幅割引が前提という可能性が十分にある。ここ数年ずっと問題になってきたことだ」とボーア氏は言う。「要するにロシアは、中国のガス消費を事実上、補助している」

 同氏はさらに、エネルギー取引に関しては「主導権は明らかに中国にある」と述べる。

 カーネギー・ロシア・ユーラシア・センターのアレクサンドル・ガブーエフ所長も、この発表は中国が優位なパートナーであることを強調するものだと指摘する。

 中国には「ガスの輸入元が他にも数多くある。だからロシアが中国の要求を満たす条件を提示できるなら青信号だろう。しかしそれがなければ、ロシアは中国の需要に合わせる必要があるという友好的な念押しにすぎない。つまり中国は強大なレバレッジを持ち、この関係ではいわば上位にあるということだ」と述べた。

◆中国に化石燃料パイプラインは必要か
 前出のメイダン氏は「化石燃料の燃焼による二酸化炭素排出の削減が世界的課題となる中で、中国に新たなガス供給元が必要なのかという問いはもっともだ」と言う。

 「中国が本当に『シベリアの力2』を必要としているのかは明確ではない」と同氏は述べ、中国側の研究者・機関でさえ、2030年代の需要見通しには「大きな不確実性」があると付け加える。

 中国の将来需要は、石炭からの転換の度合いという複雑な方程式の一部でもある。石炭は二酸化炭素排出が多いが、風力や水力など再生可能エネルギーでは賄えない需要のピークを埋める「調整用燃料」として使われてきた。

 石炭からの移行が速ければ短期的にはガス需要が増える一方、移行が遅ければガス消費が一段と増える可能性がある。需要ピークを埋めるための蓄電や、原子力の役割も無視できない。

 メイダン氏は「もし中国が再エネと蓄電の拡大を誰よりも速く進めたり、水力・原子力を活用する別の手段を見いだしたりすれば、必ずしもガス使用量を増やす必要はない」と言う。

 要するに、中国にとってガスは「あれば望ましいが、絶対不可欠というわけではない」という位置づけだ。

By DAVID McHUGH and JOANNA KOZLOWSKA

Text by AP