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「やる気」を認めた学生たちの帰国後の活躍に期待
社会のグローバル化と少子高齢化が進む中、次の世代の日本人は、もはや終身雇用や年功序列といった島国の中でだけ通用していた社会システムに守られることはないだろう。それが良いことか悪いことかは別としても、国際常識に則った「グローバルな視点」が、これから社会に出る若い世代に強く求められるのは間違いない。
そうした大転換期にありながら、国内の産官学のリーダーたちからは「グローバル化に対応できる若者が足りない」という声が聞こえてくる。グローバ化を見すえた教育改革も進んではいるが、まだ始まったばかりだ。そこで、実体験を通じて短期間でグローバルな視点を得られる「留学」が俄然注目を集めている。しかし、今の若者たちの「内向き思考」と、長く続く景気低迷のあおりを受け、日本の若者の留学実績は、諸外国に比べて低水準で推移しているという。
そんな状況を打破しようと、2014年に始まった「トビタテ!留学JAPAN」という官民共働の国家プロジェクトをご存知だろうか?高校生や大学生が自分で立てた留学計画を、民間企業の寄付金で全面的にバックアップするというプロジェクトだ。「チャンスがない」「お金がない」と留学をあきらめている若者たちにもぜひその内容を知ってほしいと、プロジェクトのPRチームリーダー、西川朋子さんに話を伺った。プロジェクトの概要を追った前編に続き、後編では、求める学生像や日本社会全体を変えたいという強い意気込みを語ってもらった。
トビタテ!留学JAPAN PRチームリーダー、西川朋子さん – 撮影 内村浩介
◆民間主導で始まったプロジェクト
前編では、グローバル化が進む中、日本の学生の留学数が伸びないのは、「内向き志向」という意識の問題と、経済的な理由の両輪にあるという点を西川さんに解説してもらった。そもそも、「トビタテ!留学JAPAN」が始まったきっかけは、そうした日本の現状に危機感を持つ若きグローバル・リーダーたちと、当時の文部科学大臣が交わした何気ない会話だったという。
スイスの非営利国際機関「世界経済フォーラム」が毎年開く、世界の知識人や多国籍企業の経営者が意見交換する通称「ダボス会議」という集まりがある。日本からも毎年10人ほどの「ヤング・グローバル・リーダー」が参加する。その人たちが、会食に同席した下村博文元大臣に「世界の若いリーダーたちのディスカッション能力と教養、語学力はものすごく高い。日本の若者たちは、小さい島国の中で守られているが、これからは早くから海外に出て、体験的に世界の同世代のリーダー候補たちの力を知るべきだ」と語ったところ、元大臣も「それは国としての課題であるので、是非やっていきたい」と答えたという。
そこからトントン拍子で話が進み、日本再興戦略として閣議決定し、2013年にプロジェクトが始動した。前記の経緯から、官民の共働プロジェクトとして進められている。文科省内にある事務局のスタッフは、PR会社や編集プロダクションでキャリアを積んでいた西川さんを含め、ほとんどが民間出身だ。そのため、民間企業的なフットワークの軽さや自由な発想を発揮できている。「これまで、文科省ではこのような形で民間が中に入ってくることはなかったと聞いています。幸い、『トビタテ!』は好事例だと内部でも受け止められていて、支持を得ています」
◆成績や語学力よりも「やる気」を重視
あらためてかいつまんで説明すると、「トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム」は、学生が自ら留学計画を立てて応募し、プレゼンテーションを経て選ばれれば、一定額の(留学費用を概ね賄える程度の)返済不要の奨学金を得られるというものだ。高校生は「高校生コース」、大学生は「理系、複合・融合系人材コース」「新興国コース」「世界トップレベル大学等コース」「多様性人材コース」のいずれかを選んで応募する。理系枠が全体の約半数だが、スポーツ、芸術などテーマが自由な「多様性コース」が最も人気が高いという。その留学テーマは、たとえば「ダンスで子どもたちに希望を与える」「アメリカ一汁一菜Bento開発プロジェクト」「ムスリムファッションを通し世界の多様性文化に貢献する」といった具合に、バラエティに富む。また、上記の各コースとは別に、地方創生を念頭に置いた地方の課題解決にグローバルな視点を持って携わるグローカル人材を育てる「地域人材コース」もある。
応募総数は各期2000人程度。そのうち、採用されるのは500人から600人だ。「500人という目安はありますが、定員はなく、あくまで絶対評価で決めます」と西川さん。全国の学校から応募があるが、いわゆる偏差値教育基準の学校のランクは関係ないし、成績も見ない。語学力も必須ではない。「プレゼンテーションは、たいてい出発の1年前くらい前になりますので、語学の準備の時間はあります。本人がやりたいと思っていることに対して、必要な語学は自ずと求められるので、それは行くまでに自己責任で担保してもらいます」
トビタテを活用し、ラオスに留学 – 提供:トビタテ!留学JAPAN
プレゼンテーションを通して見るのは、日本代表の奨学生として送り出すに値する「やる気」「好奇心」「独自性」があるかどうかだ。「ただ『やる気あります!』と宣言するだけでは十分ではありません。将来の目標や、達成に資する留学テーマを設定し、好奇心をもって留学受け入れ先を選び、独自性のある留学プランを設計することで、やる気を表し、支援したいと思わせることが求められます」と西川さん。「自分の道は自分で切り開く」のもまた、未来のグローバル・リーダーたる者の常識なのだ。
◆1万人のコミュニティが日本を変える
学校主導の留学プログラムなどに比べて、自己責任に期待する部分が多いとはいえ、フォローはしっかり行う。採用された学生全員に研修を行い、留学に際する心構えなどを徹底的に伝授する。留学費用は全額民間からの寄付金で賄うが、帰国後は支援企業・団体の担当者らを招いた成果報告会も行う。
「トビタテ!留学JAPAN」は、2020年までの7年間のプロジェクトで、合計1万人の留学生を送り出す計画だ。その狙いの一つに、奨学生のOB、OGたちに異業種交流的なコミュニティを作ってもらい、新しい日本を作る原動力になってほしいという思惑がある。「ただ1万人に奨学金を出すのではなく、1万人でグローバル人材育成コミュニティを作って周りを盛り上げ、啓発していくという構想なのです。一人ひとり専門性が違うので、たとえば、ITが専門の人と教育が専門の人が一緒に何かするということが実際にもう始まっています。この業種を超えたコラボレーションは、将来的にかなり面白いことになるんじゃないかなと思います」。OB、OGの同窓会や交流会が各地で開かれ、中には自主的に学校で大規模な説明会を主催したり、誰でも無料で留学相談ができるwebサイトを開設した学生もいるという。
今年、折り返し地点を迎えたプロジェクトだが、今後の課題は寄付金を増やすことと、大人たちへのPRだという。「このプロジェクトの目的は、日本全体の留学の機運を盛り上げること。若者が留学し、海外でチャレンジすることの大切さを社会全体が認知し、応援してもらいたいと考えています」。その考えのもと、今後は企業だけでなく個人からも寄付を募る計画だ。一般からのスタッフ募集もしているという。「2020年で終わりにするのではなく、その後も形を変えて継続する方法を今から模索しています。『トビタテ!』的な、実践的な留学を応援するスキームを社会全体で横展開したいんです」。このオールジャパンの草の根の取り組みが、未来の日本を救うことをおおいに期待したい。