なぜ誰も見ていなくても、人はルールを守るのか? 欧州1万4000人調査
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欧州の大学による実験で、人は損得に関係なく、決められたルールに従う傾向があることが明らかになった。これは、規則に対する根本的な敬意や、社会的な期待に応えようとする気持ちが、人をルールに従わせる要因になっていると考えられる。人間が倫理的な行動をとる力や、社会での協力を維持する「見えざる力」を示す結果だ。
◆誰も見ていなくても 多数派はルール順守
規則は、安定した社会秩序を保ち、人々の協力関係を促進するうえで欠かせないものだ。人がなぜ規則に従うのかについて、行動科学の分野では何十年にもわたり議論されてきたが、その理由については、いまだ明確に解明されていない。
今回の研究は、規則順守を促す心理的メカニズムを探るもので、アムステルダム大学、ノッティンガム大学、オーフス大学の研究者によって実施された。参加者は1万4000人を超える大規模な実験だ。
いくつかの実験のうち、最初の実験では、参加者は個別にパソコン画面上で簡単なタスクを行った。赤信号の下で円を移動させて待機し、青信号に変わったらできるだけ早くゴールに向かうというものだ。報酬は最大20ドル。ただし、1秒遅れるごとに1ドルずつ減額される仕組みだった。しかも、参加者には「この行動は完全に匿名で、誰にも見られることはない」と伝えられていた。
ルールを破って赤信号のままゴールを目指せば、より多くの報酬が得られるはずだった。しかし、約7割の参加者はルールを守り、青信号に変わるのを待った。さらに、研究者が「ルールを破ればこれだけ得をする」とあらかじめ示した場合でも、6割近くがルールに従ったという。
この結果は、多くの人が「無条件のルール順守」と呼ばれる、内面化された義務感に基づいて行動していることを示唆している。
◆ルール破りは広がらない 利他的動機がなくても高い順守率
別の実験では、タスク中に他の参加者の行動を観察できるように設定し、規則順守の行動が周囲の影響を受けるかどうかを調べた。最初の信号タスクを変更し、参加者が他人の行動を見ながら自分の選択を行う形式にしたところ、ルールを破る人を見た参加者の順守率は大きく下がった。
しかし、たとえ周囲の全員がルールを破っていたとしても、55%の参加者はなおも規則を守っていた。ルール違反の行動には伝染性がある一方で、順守する人の割合も依然として高かった。
さらに行われた追加実験では、ルールを守ると1ドルが慈善団体に寄付される仕組みや、ルールを破ると寄付が取り消されるといった「利他的動機」を導入。こうした仕掛けにより順守率はさらに高まったが、研究者は、何の圧力もない状態でもすでに多くの人がルールを守っていた、と指摘している。
研究チームはまた、参加者が「社会的に望ましい行動」を意識し、それに合わせて自らの行動を調整する傾向も確認した。科学系サイト『ニュー・サイエンティスト』によると、この傾向を活用した政策例もすでに存在する。たとえば税の督促状に「10人中9人が期限内に納税しています」と一文を添えるだけで、納税率が大きく向上することが知られているという。
◆報酬や罰の影響は限定的 人はルールを尊重している
論文の共著者のルーカス・モレマン氏は、従来の経済学では、人がルールを守るのは、報酬や罰といった外的インセンティブがある場合に限られると考えられてきたと説明する。しかし今回の実験結果は、その前提を覆すものだったという。
研究から明らかになったのは、人間は単に損得で動いているのではなく、規則の正当性を信じ、それに従うことが他者の期待に応えることだと感じて行動しているという点だ。規則順守を促している主な要因は、ルールに対する内面的な尊重と、社会的な期待に応じたいという気持ちの2つだと、研究チームは結論づけている。




