テロリズムとの戦いの最前線に立つ初動対応担当者が学ぶべき教訓
著:Mahshid Abir(ミシガン大学 Assistant Professor, Department of Emergency Medicine, Director of the Acute Care Research Unit, ランド研究所 Affiliated Adjunct and Natural Scientist)、Christopher Nelson(ランド研究所制作大学院 Professor of Policy Analysis)
テロ行為の発生件数は世界的に増加傾向にある。ここ数週間だけでもフリント、テヘラン、ロンドン、カーブル、ボゴタと世界各地で殺傷、銃撃、爆撃事件が起こっている。
我々は過去数年にわたる調査から、このような緊急事態の発生により多数の死傷者が出た場合を想定し、コミュニティが救急医療対応の準備態勢を整えるためにどのような取り組みを行うべきか検討した。
テロ攻撃や大規模災害のリスクを根絶することはできない。そのため過去の事例から教訓を得ることがこれまで以上に重要となっている。過去の教訓を活用すれば、初動対応では極めて重要となる緊急事態発生直後の混乱状態においても、その後の数時間においても、各担当者が上手く連携し、効果的な対応活動を行うことが可能となる。
◆対応活動の調整能力強化
テロ攻撃や災害の現場を伝えるテレビ放送では、怪我人が救命救急士の治療を受ける場面や、病院に搬送される場面がよく使用される。災害発生から数時間後には病院が記者会見を開き、救急医、外傷外科医、看護師らの努力により死者数、四肢切断者数を最小限にとどめることができたと、その勇敢な活動の詳細が語られる。
しかし医療隊の活躍と同様に、医療以外の初動対応活動もまた重要である。警察、消防はもちろん、現場に居合わせた市民もまた、怪我人の傷口を塞ぐ、止血帯を施す、あるいは怪我人を病院へ搬送するなどの対応活動に参加している。
例えばボストンマラソン爆弾テロ事件の時には、多くの重傷者が出たものの264人の怪我人が地元の病院に運び込まれ、一命を取りとめた。これには医療訓練を受けた救命救急士、緊急医療班 (EMS)、病院職員の的確なトリアージ、搬送、治療が功を奏したばかりではなく、警察や一般市民による迅速な救命活動があったことも忘れてはならない。
しかしボストンマラソンの例のような対応活動が、毎回行えるとは限らない。緊急事態発生時の混乱した状況下で複数の危機対応機関の活動を調整し、さらに偶然居合わせた市民とも連携を取るというのは至難の業だ。例えばEMSが怪我人のトリアージと搬送を行う一方、警察は現場の安全確保、証拠の保全、容疑者の捜索を進める必要がある。このような状況で現場へのアクセスの管理や周辺の交通整備まで完璧にこなすのは難しい。
例えばナイトクラブ「パルス」で発生した銃乱射事件に関するオーランド警察の報告書では、警察と消防がコミュニケーションを密にし、調整の行き届いた対応活動が行えるよう改善する必要があると指摘されている。コミュニケーション不足、調整不足といった問題で死者数が増減するとは限らないが、対応活動全体の遅れに繋がる可能性は否めない。
対応機関同士の調整が上手くなされていた場合にも、緊急事態発生時における怪我人のトリアージ訓練を受けていない人が対応活動に参加すると、意図せぬ問題が発生してしまうことがある。例えば治療に必要なリソースが不足している病院に怪我人を送り込んでしまう、または点滴や人工呼吸器などの重要な生命維持装置がない車両で怪我人を搬送してしまうなどの問題が起こり得る。
さらに悪天候や、通信量の急増に伴う携帯電話基地局の機能停止といった不測の事態により、状況がさらに悪化することも考えられる。
◆次の緊急事態に備え、取るべき行動とは
我々が最近行った調査では、アメリカで2013~2015年に発生した事例のうち多数の死傷者を出した3件に注目し、その時の救急医療体制とコミュニティによる対応活動を調べた。
そして調査の結果、多数の死傷者を伴う緊急事態発生時における医療及びその他の初動対応活動の効果を高めるための、ベストプラクティスを特定した。
第一に、初動対応にあたる医療従事者と、その他の担当者による共同訓練の実施が必要だ。死傷者数の少ない場合を想定したものであれば、すでに警察と消防が基本的な救命技能訓練の実施に向け動き出している。アトランタ、アーバインなど一部のコミュニティは、警察官が巡回時に自動体外式除細動器 (AED) などの医療機器や、オピオイドの過剰摂取に対処するためのナロキソン剤「Narcan」を携帯している。またデンバー警察などでは、職員に止血帯法の訓練を実施している。このような取り組みは引き続き行っていくべきだ。
さらに医療隊員とその他の対応担当者の誰もが現場の安全確保、群衆管理、現場トリアージ、そして適切な止血帯法を始めとする医療措置ができるよう訓練を受けなければならない。医療の専門家でさえもすべての技能が備わっていることは少ない。
第二に必要となるのが、緊急時にも利用可能な通信回線の確保だ。専用の無線周波数を用意することで、各分野の対応担当者同士のコミュニケーションを円滑化し、さらに携帯電話の基地局がサービスを停止した場合にも対処が可能となる。また対応担当者が必要に応じ、携帯メールでのやり取りもできるよう訓練を受けておくのも有効だ。我々が調査した事例でも、音声によるコミュニケーションが取れない場合にこのような訓練が効果を発揮していた。
そして第三に重要となるのが多分野横断型の防災訓練だ。コミュニティは市全域が一丸となった防災訓練を定期的に実施すべきである。防災訓練にはEMS、消防、警察に加え地域の病院、医療機関が参加する。そこで実際の混乱と緊張感を再現し、本番さながらの状況において対応担当者らが日頃の訓練の成果を試し、対応活動の流れを確認しておく必要がある。その一環として、テロ攻撃が突如発生した場合のシミュレーションを行うために、事前に予告せず訓練を実施することも有効だろう。
このような訓練を通し、対応活動に参加する各機関が、様々な分野による協力体制においてどのような役割を果たすのか理解を深めることができる。さらに対応活動中の連携を強化し、より大きな効果を発揮できるようになる。
最後に、緊急事態発生時に関係者がすぐに連携を取れるよう、事前に関係性を構築しておくことが必要だ。我々の調査の結果、多分野横断型の医療対応の効果を決める最重要要素は、中心的な役割を担う人物の間に強い絆と信頼感が構築されていることであると判明した。定期的な演習、訓練が本番の活動に役立つのは確かだが、このような取り組みを実施するためには協力してくれる指導者と、組織文化の存在が前提となる。
例えば近年、アメリカでは連邦政府の支援を受け、多数のコミュニティで医療連合会が組織された。医療連合会の発足により、初動対応担当者と医療従事者、そして民間部門が連携し、緊急事態に対する準備から対応活動までを調整するための正式な枠組みを整備することが可能となった。例えば重要なリソースを共有できるように複数のステークホルダーを会議に召集し、協定を締結するなどしている。
さらに現場に居合わせた市民が対応活動に参加できる機会を増やすことも重要だ。そのために対応活動の専門家と、コミュニティの緊急事態対応チームを始めとする関連組織が交流を図るべきである。そうすることで、基本的な救命技能に関する市民の意識向上にも繋がる。
◆公的投資の重要性
テロや災害の発生時に効果的な医療対応を行うためには、継続的な投資が必要だ。公共投資に対する疑念や公共機関への不信感が募っている状況では、資金を集めることは難しい。
しかし過去の事例を見てもわかるように、医療及びその他の対応活動を担う機関と、さらに市民が協力し合う必要がある。多数の死傷者を伴う大規模な緊急事態に対する準備活動、対応活動への公共投資を支持することで、このような惨事の発生を阻止できなかった場合にもコミュニティは対応から復興までに十分なレジリエンスを確立しているのだと、行政から市民まで誰もが自負できるだけの備えを整えておくべきだ。
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by t.sato via Conyac