最低賃金が上がるのは労働者にとってマイナス? シアトル市の報告書が物議
インフレが進み、給料の上がり幅が物価の上がり幅に追いつかないと嘆く労働者には朗報であるはずの最低賃金の大幅値上げ。最低賃金の大幅引き上げは雇用にマイナスとなるとして、一部の専門家の間では危惧する声が聞かれていたが、今回、この懸念を裏付ける調査書が発表された。
◆驚きの結果を示す調査書だが……
この調査は、シアトル市の依頼により実施されたもので、ワシントン大学の経済学者グループによってまとめられ、全米経済研究所によって発表された。ただし、査読されていない段階の報告書だという。
シアトル市は3年前の夏、段階を踏んで大企業は3年以内、中小企業は7年以内に最低賃金を15ドルまで上げるとする法案を通過させた。2015年4月の法案施行時点で9.47ドルであった最低賃金が11ドルへ、そして昨年には11ドルから13ドルへと引き上げられている。
調査書はこの時、最低賃金が1%上がるにつれて、労働者は3%の労働時間短縮となっていると報告。つまり、最低賃金の引き上げにより失うものの方が多い、ということである。さらに、低賃金労働者は賃金引き上げのために1ヶ月当たり125ドルを失うと報告されているという。
◆調査書に対してメディアは反論
しかし、ワシントンポスト紙やフォーチュン誌の寄稿記事ではこの調査書の欠点を指摘。シアトル市以外の複数都市に店舗を持つ会社、例えばマクドナルドやスターバックスなどは調査に含まれておらず、同市の約半数(40%)に当たる労働力が計算に入っていないことなどから、その正確性に疑問を投げかけている。
両メディアともカリフォルニア大学バークレー校のマイケル・ライヒ教授グループの調査論文を引き合いに出し、最低賃金の引き上げは労働者階級の家族にとって有利となるとしている。
ライヒ教授のグループは既に最低賃金が高い水準にあるシカゴ、サンフランシスコ、オークランドなどを調査した結果、どの州にも共通して高い水準の最低賃金は労働者に還元されており、雇用の喪失や経済の停滞には結びつかないとしている。それどころか、フォーチュン誌が紹介している英国の賃金増加のケースを調べた研究者によれば、雇用主にも、労働者が離職しないなどの利益があり、貧困率が下がり、政府の援助が必要な件数も減少、幼児の健康や、大人の精神衛生の分野でも良い結果を残すとして、いいことずくめのようだ。
◆日本でも最低賃金の引き上げ。これからの労働者に求められるもの
日本では今年度の最低賃金の引き上げについての厚労省審議会が6月27日より始まり、昨年に続いての大幅な引き上げとなるかに注目が集まっている。最低賃金に関して政府は、将来的に全国平均が1000円に達することを目標としており、毎年約3%の引き上げの実施を目標として提示している。
最低賃金の底上げはトレンドのようで、シアトル市以外でもアメリカではワシントン州やテキサス州、アメリカに隣接するカナダではオンタリオ州とアルバータ州で、2020年など近い将来にそれぞれの目標金額まで最低賃金を引き上げるとする法案が通過している。
最低賃金が上がれば国民の懐が潤い、消費の底上げにつながるとする見方が大半だが、実際、レジなどの低賃金の仕事が経費削減のために機械にとって代わられているのは事実だ。最低時給が大幅に引き上げられれば、中小企業では少数精鋭体制をとり、機械化をさらに進める可能性は大いにある。一度機械にとって代わられた仕事が、生身の人間の手に戻ってくることはほぼない。引き上げにポジティブな調査書であっても、それが示しているのは全体図であり、実際には賃金引き上げのための従業員の足切りを行う会社もあるだろう。労働者は雇用主に時給15ドルでも雇いたいと思わせるスキルを持つことが大切になるであろうし、行政も、最低賃金の引き上げはその土地の労働力のデモグラフィック、タイミングなどを見計らって、慎重に実施されるべきであろう。