「北朝鮮に強硬姿勢を」学生の死で高まる米世論 トランプ政権に圧力
北朝鮮で1年3ヶ月間に渡って拘束され、昏睡状態で帰国した米大学生オットー・ワームビアさんが19日、収容されていた故郷オハイオ州の病院で死亡した。日本のインターネット上では、トランプ大統領は今度こそ北朝鮮に対して行動を起こすべきだといった意見が飛び交ったが、当の米世論はどうだろうか? トランプ大統領や政権中枢からは哀悼の意と非難声明が出ているものの、具体的な方針はまだ示されていない。一方で、識者からは「追加制裁」や「米国民の北朝鮮への渡航禁止」などを実施すべきだという怒りの声が上がっている。一方で、直接的な軍事行動に結びつけるべきだといった極論はあまり見られず、メディア上の論調を見る限りでは比較的冷静な印象も受ける。
そんな中で注目されているのは、現地時間21日に開かれる米中外交・安保会談の行く末だ。米側は、最重要議題は北朝鮮問題になるとしており、北朝鮮の庇護者である中国に対し、制裁の強化や真相解明に協力するよう求める方針だとされている。常々、中国が動かなければ米国単独でも北朝鮮に強い姿勢を示していくと発言しているトランプ大統領だが、一人の若者の死がどこまで事態を動かすか注目される。
◆「敵対勢力による市民の殺害を許さない」
ワームビアさんの死因は明らかになっていない。北朝鮮側の「ボツリヌス菌に感染した」という北朝鮮側の説明を裏付ける証拠は何も見つかっていないのと同時に、外傷は認められていない。家族が解剖を拒否したという報道もあり、彼の身に何が起きたのかは闇の中だ。これに対し、米政権は「不法な拘束」(ティラーソン国務長官)という言葉を用いて北朝鮮を非難。ヘイリー米国連大使も「北朝鮮の独裁政権の残虐性を裏付ける」行為との声明を発表した。死因は不明なものの、米政府及び国際社会の見解は、北朝鮮の非人道的行為に責任があるという認識で一致している。
トランプ大統領は「オットーの死は、法の支配と基本的人権を尊重しない国家によってもたらされた悲劇だ。これ以上無実の人々に同じ悲劇が繰り返されてはならない。我が政権は、それを防ぐ決意を深めた」と、文書で声明を発表した(CNN)。また、記者団に対し、「北朝鮮は残虐な王朝だ。だが、我が国はそれに対処することができる」と語った(英フィナンシャル・タイムズ紙)。
かつての共和党大統領候補、ジョン・マケイン上院議員も「アメリカ合衆国は、敵対勢力による市民の殺害を許すことはできない」と、強い言葉で北朝鮮を非難した。北朝鮮は、核開発と弾道ミサイル開発によって近隣諸国や米本土に脅威を与えているうえ、さらに今回の事件が起きたことで、米国民の怒りは頂点に達したと認識しているようだ。マケイン氏は、「アメリカ人を残忍に殺害することで、北朝鮮の野蛮な行為はエスカレートした。北朝鮮にはまだ3人の米市民が拘束されている」と述べている(CNN)。
◆「北朝鮮への渡航を禁止せよ」
マケイン氏をはじめ、多くのタカ派の論客が怒りを込めた声明を出しているが、その背景には、オバマ政権時代から続く対北朝鮮政策の無策ぶりに対する苛立ちがありそうだ。保守系シンクタンク、ヘリテージ財団のアジア太平洋地域専門家、ブルース・クリングナー氏は、ワームビアさんの死によって、北朝鮮に対する強硬姿勢を求める声が高まりつつあるとCNNに語っている。そして、トランプ政権のこれまでの最大の失策は、北朝鮮の核開発などを裏で支援する中国企業への制裁ができなかったことだと主張する。
クリングナー氏は、トランプ政権は大統領の威勢のいい掛け声とは裏腹に、北に対して「限定的な制裁しか与えていない」と、前オバマ政権と何も変わっていないと指摘。そして、「(北を支援する)中国の狼藉者たちに制裁を課すこともできていない。なぜなら習近平がこれまでの指導者よりも厳しい姿勢を見せてくれるとナイーブにも信じているからだ」と、トランプ政権の無策ぶりを批判している。
一方、フォーブス誌は、米国民の北朝鮮渡航を全面的に禁止すべきだという世論が今後高まるだろうと見ている。今のところ、アメリカは北朝鮮への渡航を禁止していない。渡航が禁止されているのは「米国と戦争中の国」「敵対的な武装勢力がいる国」「米国の旅行者の安全がただちに脅かされる危険がある国」の3項目に当てはまる国だという。同誌によれば、これまでに15人の米国市民が北朝鮮で拘束されている。ティラーソン国務長官は先週、渡航禁止の決定を検討中だと語ったが、フォーブス誌は「何を検討する必要があるのか?」と、即時実施を主張している。FOXニュースなどの保守系メディアでも識者が同様の意見を述べている。
◆米中会談で動きがあるか
直近でトランプ政権が動きを見せると見られているのが、21日に行われる米中外交・安保会談だ。米側からティラーソン国務長官、マティス国防長官が出席し、中国の外交・防衛トップらと対話する。国務省の担当者は、北朝鮮問題が最重要なテーマになると、メディアに語っている。また、ヘリテージ財団のクリングナー氏は、米側は中国に追加制裁の実施を通告する可能性が高いと見る。同氏は、逆にこの期に及んで制裁をためらう姿勢を見せるようであれば、アメリカが北朝鮮を支援する中国企業に「事実上のお墨付きを与えることになる」と警告している、
オバマ政権下の2011年から2013年まで国防長官を務めたレオン・パネッタ氏も、中国と協力してより積極的で強制力のある制裁を課す可能性が高まっていると指摘。ワームビアさんの死により、トランプ政権の選択肢に「中国に説明を求めること」「外交的抗議」「制裁の強化」という3つの選択肢が生じたとCNNのインタビューに回答している。自身の見解として「今回の事件は許されないことだ。中国政府は北で何が起きたのか調査する義務がある」と述べている。
フォーブス誌は、トランプ政権はさらに、拘束中の3人の米市民の釈放を求めると共に、北京に乗り込んで北朝鮮に影響力を行使することを求め、大統領自身が北朝鮮との対話を開くべきだと主張している。今回の事件は、北朝鮮問題へのアメリカの積極的な介入につながるのか。あるいは、「口だけの歌は聞き飽きた」(クリングナー氏)と、トランプ大統領が保守系からの支持を減らす結果になるのか。今後の動きが注目される。