なぜイギリスがテロのターゲットにされるのか? ISの事情、他の欧米諸国との違い
イギリスでは、ここ3ヶ月で3件のテロ事件が起き、多数の死傷者を出している。すべての事件でイスラム国(IS)が犯行声明を出しており、今後も同様の事件が増える可能性が高い。ISはイラク、シリアでは領土を失いつつあることから、戦いの場をテロ攻撃という形で西洋に移しており、イギリスが最も狙いやすいターゲットとなっているようだ。
◆IS掃討作戦の成功が裏目に
米政治紙「ザ・ヒル」に寄稿した、対テロの専門家、アンドリュー・バイヤーズ氏とタラ・ムーニー氏は、ISはすでにイラクで3分の2、シリアで3分の1の領土を失っており、今後2年間で彼らが自国と称する土地での支配を失うと見るのが妥当だとしている。
一見すると、イラクとシリアにおけるISとの戦いが成功しているように思えるが、テロリズムの専門家、ブライアン・マイケル・ジェンキンズ氏は、「(退却することで)ISはさらに必死になって海外でのテロリスト活動へのサポートを増加させるだろう」と述べており、皮肉なことに、中東でのIS掃討作戦が、テロの脅威を他国へ広げる原因となっていると指摘している(news.com.au)。
バイヤーズ氏とムーニー氏は、領土を失ってもISはオンライン上での存在感を維持し、プロパガンダを続けるとみる。一部の支持者は領土がなくなることで興味を失うかもしれないが、狂信者にとっては、敗北は誰が真の信者であるかを決めるテストに過ぎず、ISとその支持者は自らの不屈さと能力を示そうとするため、さらなる欧米での一匹狼型テロにつながるだろう、と予測している。
◆アメリカは安全?標的は欧州、特にイギリスへ
ウェブ誌『VICE』は、最近のテロの標的がアメリカではなくイギリスであったことに注目する。元FBIで、21年に渡りテロ関係の捜査を担当したジェフリー・リンジェル氏は、実はアメリカでのテロの発生は欧州に比べて少ないと指摘する。アメリカは、人の行き来の自由を保障する欧州よりも国境管理が厳しいこと、もともと移民の国なので疎外感を抱いて過激思想に走るムスリムが少ないこと、連邦法のもと州間で多くの情報を共有できるので、各国が独立して主権を持った欧州に比べ犯罪捜査がしやすいこと、などを理由として上げている。
欧州のなかでもイギリスが最近のターゲットとなったのは、通常警官が銃を持たず丸腰であることも理由のようだ。リンジェル氏は、アメリカの場合、スポーツやコンサート会場に武装した警官がいることは一目瞭然で、彼らに見つかればすぐさまテロ攻撃を止められてしまうため、攻撃する側はやる気が削がれると説明している。
もう一つの理由として、テロ容疑者の監視が行き届かないという面も指摘されている。イギリスの警察がテロリスト監視リストに入れている人物は3,000人で、過去にマークした者に至っては2万人もいるという。1人の人物を1日監視するには20人の警官が必要で、テロを未然に防ぐには人手が足りないのが実情だ。ロンドン橋で起きたテロの容疑者の1人がモロッコ系イタリア人であり、当人がテロリストである可能性をイタリア当局から事前に知らされていたにもかかわらず、監視対象としなかったことが世間から批判を浴びている。それについて、内務相時代にメイ首相が2万人の警官を削減したことが問題だったという指摘がある(AFP)。
◆変わるテロのスタイル。有効な対策はみつからず
英インデペンデント紙の社説は、テロ防止策として、欧州の往来の自由を制限することを主張する。いずれブレグジットでイギリスとの往来の自由はなくなるとしながらも、多くの国々の市民の命を守るために欧州が求める理想は捨てなければならないと説いている。
もっとも、最近のテロはホームグロウンと呼ばれる地元生まれのテロリストによるものだ。ロンドン警察のクレッシダ・ディック署長は、ここ数ヶ月の間に5つのテロ攻撃を未然に防いだとしつつも、新たに生まれるホームグロウン過激派による、これまでのパターンを踏襲した襲撃が増える可能性もある、と指摘している(AFP)。テロ対策として、メイ英首相はインターネットを通じた過激思想の拡散防止や、人権法を改正してテロリストの摘発を強化することなどを提案しているが、最近の車や刃物を用いたローテクかつソフトターゲット(人の集まる警備が手薄な場所)を狙うテロには、有効な対策は見つからないようだ。