私を月に連れて行って?世界がイーロン・マスクの宇宙競争に警戒すべき理由
著:Alan Marshall (マヒドン大学 Lecturer in Environmental Social Sciences, Faculty of Social Sciences and Humanities)
月に行ってみたい?そういうことなら、今は何年も厳しい宇宙飛行士訓練に耐えなくても大丈夫だ。巨額の資金さえあれば良い。それというのも、テクノプレナー(編注:テクノロジーに精通した起業家)のイーロン・マスク氏が「Dragon(ドラゴン)」という名の小さな宇宙船を建設したのだ。もし資金が用意できるなら(おそらく1億ドル(約120億円)もあれば)、彼が月へと連れて行ってくれるだろう。
初飛行は2018年決行予定だというから、なんとも野心的で信じがたい目標と言える。
多くの宇宙愛好家はマスク氏の月旅行計画を熱狂的に歓迎しているが、中には少々懐疑的な者もいる。それ以外の評論家はまったく興味を見せておらず、計画自体が巨額の費用をドブに捨てる行為だと冷笑している。
このように世論が割れるのは、今回が初めてというわけではない。1969年にアポロ11号が月面着陸を果たしたが、それからほどなくして人々の心は宇宙から離れ、テレビでも宇宙関連のものより地に足のついた出来事が注目されるようになり、なぜNASAはアポロ12号、13号、14号そして17号に至るまで何度も繰り返し月へ行ったり来たりするのだろう、と不思議に思うようになっていた。
◆自然のプロセス、または社会的なプロセス?
もしマスク氏に今回の月旅行計画について尋ねたなら、彼は「今回の計画やスペースX(編注:マスク氏が設立した宇宙関連企業)の事業は公的資金に頼らない、民間の営利事業である」と答えるだろう。しかし、今のところスペースXにとって大口顧客はNASAだけだ。税金を資金源とするエージェンシーであるNASAが同社に国際宇宙ステーションへの物資輸送を外注しているのだ。
さらに、スペースXが物資輸送事業を開始する以前から、NASAは同社の立ち上げや運営支援を目的に大規模な投資を行ってきた。スペースXがまったくの民間事業だという主張もまた、信じがたいものだ。
多くの宇宙愛好家同様、マスク氏はこの月旅行計画を人間による宇宙進出の「自然なプロセス」の第一歩であると言うに違いない。そしてその先に待ち受けるのは、月と火星の植民地化だ。
しかし、宇宙旅行は自然なプロセスではない。国内政治や国際競争、愛国主義的なヒロイズムの取引、そして国家資金の分配を含む社会的なプロセスだ。
◆暗い過去がよみがえる
宇宙進出には「植民地化」というテーマがあり、これもまた問題だ。過去の植民地事業が生んだ社会的な不公正や環境災害の再発の可能性を内在しているからだ。「宇宙植民地化」を支援するということは、先住民の強制退去に歓喜し、自然破壊を祝福することを意味する。
残念なことに、未来の宇宙進出を描く際、歴史上の征服劇が参考事例として使われることがあまりにも多い。スタートレックの「宇宙:新たなる未知へ」のテーマも然り、そして火星を植民地化するというマスク氏自身のアイデアも然りだ。
宇宙での新たな「探検の時代」が叫ばれれば、大航海時代の記憶がよみがえる。そこからはクリストファー・コロンブスがいかにして天然痘により先住民の命を奪ったか、ということや、スペインの征服者が金を奪うためにメソアメリカの寺院を荒らし回ったといった事実は抜け落ちてしまっている。
宇宙愛好家は「植民地化の対象となる宇宙には人類は住んでいない」、「月と火星は無人の土地だ」と主張するかもしれない。しかし、たとえば火星に定住して貴重な資源を採掘する計画であるなら、そこに住んでいるかもしれない地球外生命(たとえ微生物であっても)を排除せずにすすめるというのは無謀だ。
また、そこには人間中心主義も顔を出す。人間よりも微生物のほうが生命として低級なのだから、星を踏み荒らして環境を汚し、荒廃させても良いのだ、という態度が伺える。それを火星に持ち込んでしまうことになりかねない。
たとえそこに生命が存在していなくても、月と火星は誰か一人のものではなく、すべての人類にとっての共有財産なのだ。月や火星に最初に到達した誰かが、自身の冒険や利益のために、これらの星々を略奪することは許されない。
◆利害が一致する者同士の提携
アメリカのトランプ大統領もまた、同国の宇宙開発の支持者として知られている。トランプ氏は昨年、フロリダで「宇宙は素晴らしい」と発言している。最近もまた議会に向けて、宇宙探索をさらにすすめるよう求める演説を行った。
科学に対するトランプ大統領の姿勢を危惧する科学者は多い。しかし、驚くことにトランプ氏は科学、そしてアメリカの遥か彼方にある、より広い宇宙の両方を受け入れる意欲を見せており、NASAに「深い宇宙の謎を探る」ように求めている。
この過程で、トランプ氏は煩わしい気象学者をNASAから追放する方法も検討している。彼らはくだらない「政治的な」科学者だというのだ。
トランプ氏は大統領に就任して数日以内にはイーロン・マスク氏と面会し、資本主義への支持と自己宣伝を好む性格を共有しつつ、ビジネス上の関係性を深めており、一部ではクロニズム(政治家によるえこひいき)とも称されている。
マスク氏が中国より先にアメリカ人を月へ送ることで、「アメリカを再び偉大に」できるのであれば、トランプ氏は彼を支援する意思があると思われる。マスク氏は大統領の後ろ盾を信じているからこそ、2018年の計画に自信を持っているように見えるのかもしれない。
◆注意すべきこと
しかし、月の略取や火星の植民地化を心配するのは、時期尚早かもしれない。
まず、トランプ氏もマスク氏も「ビッグマウス」として有名な二人だ。彼らは宇宙旅行のマッチョな空想を楽しんでいるだけかもしれない。彼らの宇宙計画が経済の落とし穴にはまりそうになったら、彼らは何も言わずにそれを放棄するだろう。
また2018年に計画されている月旅行では、月面着陸は予定されていない。ただ月の周りを廻って、地球に戻ることになっている。誰も月面に旗を立てることはできない。
人類は何十年も前から宇宙旅行や月面基地、そして火星のコロニーを夢見てきたものの、いずれも実現していない。アポロ計画を成功に導いた(そして、元ナチスの)ヴェルナー・フォン・ブラウン氏は1950年代、ウォルト・ディズニーと共に(ディズニーの素晴らしいグラフィックスを使って)テレビ番組で宇宙開発の未来構想を描いていた。しかしそれから70年たった今も、スペースコロニーはどこにも存在していない。
あからさまな月の奪取は法的にも認められていない。1967年に制定された国連の宇宙条約がそれらの行為を禁じているからだ。アメリカはこの条約を再解釈し、月や太陽系惑星からの資源採取は可能であると示唆しているが、このような見解を受け入れない国もある。
◆全人類が望んでいるわけではない
仮にマスク氏が来年にも金持ちのクライアントを月へと運び、そして月面や火星に基地と植民地を作ったとしよう。それは、マスク氏が宇宙進出ビジネスに成功した、ということではないはずだ。月に基地を置くことに科学的なメリットがあるから、というわけでもない。
実のところは、彼が高額の費用をかけ、テクノロジーによる幻想をもってアメリカの納税者を欺いたということなのだ。そして国際法で謳われている人類の共有財産という理想を破ることでもある。その過程において人類、そして地球が貶められることになるだろう。
宇宙が損なわれ、略取までされる可能性がある。鉱業会社によって月面が掘り起こされ、ロケットの燃料が火星の地表全体に飛び散り、宇宙カジノでネオンが瞬くことになるのだ。
もちろん、マスク氏のような「空想家」が勝ち取る栄光に追随すること、そして来年、名も知らぬ裕福なクルーが月旅行に行くことが、自分たちの宇宙への夢を実現させる唯一の方法だと信じる宇宙愛好家もいる。
しかし、地球にはこういった魅惑的な宇宙アドベンチャーをネタ扱いする人も大勢いる。それでいいのだ。人類全員が搭乗しているわけではない、ということを、マスク氏は知る必要がある。
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by isshi via Conyac
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