「日本語にはワークライフバランスがなく過労死がある」 海外には異質に映る日本の残業文化
日本で「過労死」という言葉はすでにあまりにも一般的になりすぎ、私たち日本人がこの言葉を聞いても、ふと考えを巡らすことはなくなってしまった。しかし労働者の権利が法律でしっかり守られている欧米諸国では、日本のこの状況に驚きを隠せないようだ。
◆ワーク・ライフ・バランスがなく過労死があるニッポン
米大手新聞のワシントン・ポスト紙(WP)は7月31日、「日本人は本当に死ぬほど働いているのか?答えはイエスのケースも」という見出しで記事を掲載した。
記事は、マンション管理を行う企業に勤務し、昨年7月に自殺した34歳の男性について取り上げている。スーパーバイザーとして働いていた男性は、激務に耐えかね辞表を出したが受け入れられなかった。部下に負担がかかることを懸念した男性は激務を続け、自殺する1週間の勤務時間は90時間となっていた。死後1年ほど経った今年6月、過労死として認定された。
自殺前の男性の様子がまったくの他人事に思えない人も少なくないだろう。厚生労働省が6月明らかにした数字によると、2015年度の過労死労災請求件数は2310件に上った。とくに仕事による強いストレスなどが原因の精神障害に対する労災は請求件数が1515件となり、過去最多だった2014年度から59件の増加となった。
WPは記事の中で、アメリカでは家族と一緒に過ごす時間を作るために生産的に働くことが重要視されているが、「日本語にはワーク・ライフ・バランスという言葉は存在しない。しかし働き過ぎて死ぬKaroshiという言葉は存在する」と指摘し、アメリカとの違いを強調した。WPのみならず、英語メディアが日本の過労死について報じるとき、英語には「過労死」に匹敵する言葉が存在しないためかKaroshiと書いた後に「働き過ぎで死ぬこと」との説明を加えているケースが目立つ。それほど、欧米で過労死は珍しく、日本の「働きすぎ文化」が異質に映るのだ。
◆ヨーロッパでは暇すぎで会社を提訴も
欧州連合(EU)では、EU労働時間指令が存在するため、週48時間(時間外労働含む)以上働くことは法律で禁じられている。フランスの場合、法定労働時間は週35時間で、これ以上は時間外労働となる。
そのフランスで5月、香水メーカーに勤務していた男性(44歳)が「仕事があまりにも暇すぎて自分は職業人として殺され、プロのゾンビと化してしまった」として、補償金や慰謝料36万ユーロ(約4,000万円)を求め、元雇用主を提訴した。インデペンデント紙によるとこの男性は管理職だったが、職務とは無関係の退屈な仕事を振られるようになり、「燃え尽き症候群(burnout)」の逆といえる「暇すぎ症候群(bore-out)」になりうつ病を発症したと主張している。7月28日に労働審判で決定が下される予定だったが、新たな審理の日程を設けることになり、本件はまだ結審していない。
一方でBBCの記事では、職場での心理学を専門とするサンディ・マン博士が、人は「暇すぎて死ぬ」ことはないだろうが、退屈な職場は多くの人にとってストレスの元になっており、ますます大きな問題となっていると指摘。どうやらヨーロッパではむしろ、過労よりも仕事が暇な方が問題になっているようだ。
◆過労死をなくすには意識の変革から
お笑い芸人でありながらIT企業の役員もこなす厚切りジェイソン氏はこれまで、日本の労務環境を批判するツイートを何度かしている。例えば2015年5月は、「仕事を効率良くし、毎日ノー残業デイにすべき。残業前提の仕事はバカバカしい」(原文ママ)とツイート。さらに今年2月には、「日本はスタート時間に厳しいのにエンド時間にルース」(原文ママ)とツイートし、どちらも多くのリツイートや「いいね」を得ている。
関西大学の森岡孝二名誉教授は前述のWP記事の中で、「残業文化を変え、家族や趣味にかける時間を作らなければ。長時間労働は、日本にはびこる諸悪の根源だ。文句を言う時間さえもないほどみんな忙しい」といい、過労死をなくすには日本の労働文化そのものを変えないといけないだろうと指摘する。
もちろん、従業員ひとりが変えようとしても難しいだろう。会社全体、そして社会全体が意識を持って取り組む必要がある、根の深い問題だ。しかし個々人が意識を変えるよう努めるところから始めないと社会も変わっていかないというのもまた事実だろう。