「大胆な離脱作戦」EU離脱主導のボリス・ジョンソン氏が外相に…メイ首相の意図とは?

 6月下旬にブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)で揺れたイギリスで7月13日、与党保守党が新たな党首を選出し、テリーザ・メイ新首相が誕生した。同時に新政権を発表したが、外相には、ロンドン前市長のボリス・ジョンソン氏が就任した。ジョンソン氏は、ブレグジットに先立つ国民投票でEU離脱運動を先導し、残留派だったキャメロン前首相が離脱決定後に辞任を表明した際、次期首相の最有力候補とされていた。しかし大方の予想をよそに出馬を見合わせ、「責任逃れ」との声が高まっていた。そのジョンソン氏が外相となり、欧州連合との離脱交渉等をけん引していく立場になった。

◆仏外相は「嘘つき」と
 ジョンソン氏の外相就任に世界は概して否定的な反応を示しており、欧州連合の中心的存在と言っていいフランスとドイツは不快感をあらわにさえしている。フランスのジャン=マルク・エロー外相は、フランスのラジオ番組に出演した際、ジョンソン氏が外相に指名されて驚いたかと司会者に聞かれ、分からないと答えつつ、「国民投票の結果から生まれた、イギリス政治の危機」と語った。さらに、「ジョンソン氏は(国民投票に向けた)選挙運動中にイギリス国民にたくさんの嘘をつき、今や彼自身が窮地に立たされている」とこき下ろした(ガーディアン)。

 一方ドイツのフランク・ワルター・シュタインマイヤー外相は、グライフスヴァルト大学でのスピーチで「無責任な政治家が国をブレグジットに誘いこんでおいて、離脱が決定したら責任から逃れてクリケットをプレイしに行った」と語った。イギリスのEU離脱が決定した翌日、クリケットをプレイしていたジョンソン氏をあてこすっているのだ。シュタインマイヤー外相はさらに、「正直言ってとんでもないことだと思う。イギリスのみならず、EUにとっても悲惨なことだ」と続けた(ガーディアン)。

 スウェーデンのカール・ビルト元首相は、「冗談だったらよかったのに」とツイートした(インデペンデント)。

◆EU離脱派に責任を取らせるメイ首相の思惑
 一方で、フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、ジョンソン氏の外相指名がメイ新首相の「大胆な離脱作戦」だと指摘している。イギリスのEU離脱交渉をけん引していくのは、今回新設された「EU離脱担当相」のデイビッド・デービス氏と、国際貿易担当相に就任したリアム・フォックス氏、そしてジョンソン外相。離脱派だった3人だ。残留派だったメイ首相は、離脱派の大臣たちに「EU離脱後には素晴らしい未来が待っている」という主張を証明させ、万が一うまい離脱交渉ができなかった場合は、責任の所在が誰にあるのか明らかな状態を作るのが目論見だというのだ(FT)。

 テレグラフは、ジョンソン氏のような「巨大な野獣」を平議員として放っておくと将来的に問題になりかねず、だからと言って内政の細部を扱う役職は与えられないため、外相指名は自明だとしている。FTは、外交には久しく首相や内閣府が力を持つようになってきており外務省は発言力を失ってきているため、ジョンソン氏の役職は内閣で最重要ではないとしている。とはいえ、世界中で働く約14,000人の外務省職員を束ね、英国の国際秘密情報部(MI6)を管轄する要所であることに変わりはない。

◆日本びいき?のジョンソン氏
 ジョンソン氏は、キャメロン前首相と共にオックスフォード大学で学んだ。卒業後は20年近くジャーナリストとして活躍し、2001年に下院に当選。その後、2008年から2016年までロンドン市長を2期務めたが、2015年に再び下院に当選したことを受け、2016年のロンドン市長任期満了に伴い国政にカムバックした。

 ジョンソン氏はこれまで、オバマ米大統領、ヒラリー・クリントン氏、トルコのエルドアン大統領など諸外国のリーダーたちに失言をした他、人種差別的とされる発言も多くしてきた。ジョンソン氏が外相に向かないとされる大きな理由がこの点だ。ニューヨーク・タイムズ紙は、「見事なまでに外交手腕に欠ける」と表現している。

 日本に対してはどうだろうか? ジョンソン氏は2015年10月、ロンドン市長時代に来日しており、保守系の週刊誌「スペクテーター」(2015年10月24日付)に、「中国フィーバーの中、日本を思い出して」との見出しで来日時の様子を書き綴った記事を寄稿していた。ちょうどこのころ、中国の習近平主席がイギリスを訪問して多額の投資を約束し、イギリスは「中国フィーバー」に沸き、「レッドカーペット」と表現されるようなもてなしをしていた。

 ジョンソン氏は記事中で、「ヨーロッパの誰もが中国に注目しているが(中略)、かつてこの『新たなスーパーパワー』のポジションにいた日本を忘れ去るのは間違いだ」と主張した。失言で知られるジョンソン氏が、日本の「舐められるくらい清潔な道路」や人々の「丁寧さ」、「交通インフラ技術」、「間もなくEU市場に投入される自動車技術」など、さまざまな面を絶賛した。当然、日本企業によるイギリス投資にも触れ、「(イングランド北東部)サンダーランドにある日本の自動車工場1つの方がイタリア全体より多くの自動車を生産している」と例を挙げ、「日本を好きにならない理由がない」としている。ジョンソン氏が日本を好きだとして最後に挙げた理由は、「日本人はイギリスのEU国民投票を心配なんてしていないこと」。「結果がどうであれ、イギリスが欧州の自由貿易ゾーン内に留まることを理解するほど賢い人たちだ」という言葉で記事を締めくくった。

◆EU離脱後のイギリス経済は
 保守党のマイケル・ゴーブ氏は4月、「EUやユーロ圏でない欧州諸国がアクセスできる、アイスランドからトルコに至る自由貿易ゾーンがある」と発言しており、ジョンソン氏がここでいう「自由貿易ゾーン」はこれを指しているものと思われる。ただし、この場合イギリスが得意とする「サービス」の自由貿易はカバーされていないと指摘する声もある(インデペンデント)。

 BBCによると、新たに自由貿易ゾーンを作る場合、何年もかかる。既存の自由貿易ゾーンとしてはかつてイギリスも加盟していた欧州自由貿易連合(EFTA)があるが、EFTAメンバーであるノルウェーの首相は7月現在、イギリスのEFTA再加入に懐疑的な考えを示している(インデペンデント)。

 国民投票によるEU離脱決定が、世界的な経済混乱を招いたのは記憶に新しい。今後ロンドンが国際金融ハブとしての立場を失うようなら、ソニーやリコーなど、イギリスからの拠点移転を検討する日本企業も出始めている(日経アジアンレビュー)。EU離脱後も、果たしてイギリスがEU時代と同じ経済的立場を保てるのか。ジョンソン氏の外交手腕に、世界の政治家のみならず日本のビジネスマン、ビジネスウーマンも注目している。

Text by 松丸 さとみ