「シリアで戦闘員になるより自国でテロを」ISが世界の支持者に呼び掛け その背景とは
バングラデシュの首都ダッカで日本人7人を含む20人の人質が殺害された事件をはじめ、このところ「イスラム国(IS)」に関係したテロが、世界中で相次いでいる。先月28日のトルコ・イスタンブールの空港で起きた自爆テロ(44人死亡)を皮切りに、バングラデシュ・ダッカ人質殺害テロ(7月1日)、同3日のイラク・バグダッドの爆弾テロ(160人死亡)と続いた。さらに4日には、サウジアラビアで3件の自爆テロが立て続けに起きた。
ISは、形成が思わしくないシリアとイラクでの武力闘争から、世界中で自爆テロなどを同時多発的に起こすゲリラ戦にシフトしつつあるようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)によれば、一連のテロに先立ち、ISの幹部が支持者に向けて「国境を越えてシリアで戦闘員に加わるよりも自国内でテロを拡散せよ」と呼び掛けた通信を、西側の情報関係者が傍受していたという。どうやら、この1週間余りでそれが最悪の形で実行されてしまったようだ。
◆「自国内でテロを拡散せよ」
サウジの自爆テロは、まず、西部ジッダの米領事館近くで発生(実行犯が死亡、警官1人負傷)。続いて東部カティーフでシーア派のモスクを狙ったと見られる爆発が起きた(失敗、実行犯が死亡)。さらに聖地メディナで治安部隊を狙った自爆テロが発生。4人が死亡した。
CNNの中東専門家は、手口からいずれもISIS(イラク・シリア・イスラム国)によるテロだと断定気味に語っている。「サウジはISISにとって大きな標的だ。戦闘員の中にも多数のサウジ人がいる。同国の君主制はイスラムへの裏切りとみなされている」と指摘する。実行犯がサウジ人戦闘員だとすれば、これもやはり「自国内でテロを拡散せよ」という指令に呼応した犯行の可能性が高い。
WSJによれば、この「指令」を傍受したのは、最近ISによる攻撃が相次いでいたヨルダンの首都アンマンに駐在するある欧米諸国の当局者。IS幹部が通信を通じて、「ISに賛同する全ての組織」に向け、各自が今いる国でテロ攻撃を実行するよう促したという。この当局者は、「ISは急ごしらえで費用のかかる戦闘集団の維持や、死傷などによる戦闘員の減少に直面するなか、安上がりで派手なゲリラ作戦に戻りつつある」と分析している。
◆実行犯は一見普通の若者たち
ISのゲリラ戦回帰の背景には、アメリカやロシアの空爆で支配地域が縮小していることがあるようだ。米イスラム専門家は「ISがこうした攻撃を行っているのは、彼らが窮地に立たされているからだという見解に賛成だ」とWSJにコメント。支配地域の縮小により、ISに参加しようとする外国人がトルコからシリアへ入国するのが難しくなっており、これまで2万5000人程度と見積もられていたISの戦闘員は2万人程度まで減少していると見られている。
つまり、シリアのISが弱体化すると同時に、国外で連鎖的にテロが発生するという悪循環が起きているのだと言えよう。また、それだけ世界中にISのシンパがいるということでもある。ただし、一連のテロの実行グループは「どの組織も一つとしてISの中核組織と緊密な関係にない」と米政府関係者はWSJに述べている。
ダッカ事件の5人の実行犯も、数ヶ月間姿を消すまでは「インド映画のボリウッドスターに夢中」な「どこから見ても普通の学生だった」とWSJは書く。彼らをISと結びつけたのは、「イスラム国家という理想郷」を作るという思想のみで、「目立った資金の流れは見えない」という。バングラデシュでは、経済発展と共に社会的・経済的な変革が進みつつあり、変化についていけなかったり違和感を持ったりする若者たちがイスラム原理主義に走るのは、決して不思議ではないと識者は見る。
◆仏は情報機関の強化、サウジは国王直々に若者たちを警告
隣人がいつテロリストに豹変するか分からない世界において、対抗手段はあるのだろうか?昨年11月に死者130人を出した同時多発テロに見まわれたフランスでは、事件の調査をしている国会議員の調査委員会が5日、国内情報機関の組織見直しと強化の必要性を訴えた。先の同時多発テロでは、既に潜在的なテロリストがリストアップされていたにもかかわらず、複数の機関が並び立ついわゆる縦割り行政のために、全く対策を取れなかったのが、事件を防げなかった大きな要因だと見られている。
同調査委は、重複する業務を行っている情報機関を一本化し、新たに国家テロ対策センターを創設して各機関の協力体制の強化を図りたいとしている。ジョルジュ・フェネシ委員長は、「我が国の情報機関はバタクラン(劇場)、シャルリー・エブド(新聞社)、ユダヤ食料品店などの標的を狙った全てのテロリストを把握していた」と語る(WSJ)。集めた情報をいかに有効に生かすかが、フランスでは大きな課題となっている。
一方、サウジアラビアのサルマン国王は、「わが王国の大切な若者たちを洗脳しようとしている者全てに対し、全力で鉄槌を下す」と、テロへの報復を宣言。また、80歳の国王は、若者たちに向け、イスラム原理主義に潜む危険性を警告した。サウジアラビアの人口の半数以上は25歳以下であり、その一部はISに忠誠を誓っていると言われる。先日のテロの実行犯たちが自国の若者だと見られることから、国王自らが強い言葉で呼びかけることになったようだ。