利害一致、お互いを必要とする日本とベトナム…対中国だけではない関係強化の背景
南シナ海に面し、中国と国境を接するベトナム。海洋問題をめぐって中国との緊張が高まっている。ベトナムは軍備増強を急ピッチで進めているとはいえ、その水準は中国にはとても及ばない。また中国は最大の貿易相手国でもあり、それなりに良好な関係を保っておく必要がある。そこで直接的な対峙は避けつつ、南シナ海における中国の影響力を相殺する手段として、ベトナムは友好国を必要としている。その力があるのは、日本とアメリカだ。
◆日本とベトナムは以前から良好な関係
米ジョージメイソン大学の名誉教授(政治、国際関係学)であり、米戦略国際問題研究所(CSIS)の非常勤上級研究員であるグエン・マン・フン氏は、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院東アジア経済研究所のウェブサイト「東アジアフォーラム」に発表した論考で、日本との防衛協力を深めることがベトナムにとっていかに自然な選択であるかを解説している。
フン教授は、現在の南シナ海問題が発生する前からすでに、ベトナムは日本を、アジアで最良、最強の友好国の1つとみなしていた、と語る。フン教授によれば、1973年のパリ和平協定によるベトナム戦争終結後、日本はすぐにベトナムとの国交を正常化した(現政体との国交樹立)。また1978年にベトナムがカンボジアに侵攻し、ベトナムは外交的、経済的に孤立したが、1991年のカンボジア和平合意後、日本は西側陣営としては最も早く1992年にベトナムへの援助を再開した、と述べている。
日本は政府開発援助(ODA)に関してはベトナムにとって最大の援助国であり、累積投資額(認可ベース)では韓国に次ぐ2位であり、ベトナムの輸出相手国としては中国、アメリカに次いで3位である、とフン教授は日本とベトナムの経済的結びつきの強さも伝える。
さらに、防衛協力のデリケートな分野で、日本は早くも2006年にベトナムと戦略的パートナーシップを構築することで合意した、とフン教授は語る(2006年から構築が目指され、2009年に確立が明示された)。なお、このパートナーシップは、2014年3月に「アジアにおける平和と繁栄のための広範な戦略的パートナーシップ」に格上げされた。
◆南シナ海での中国の台頭に立ち向かう意志を共有
そして、日本とベトナムは現在、南シナ海での中国の海洋進出への懸念を共有している。この懸念が、ベトナムと日本を接近させる、とフン教授は語る。
ベトナムは南シナ海で中国に拮抗(きっこう)できる国を求めている。フン教授によれば、ロシアはベトナムの昔からの友好国であるが、南シナ海問題では中国に肩入れし、問題の国際化に反対しており、ロシアがその拮抗力となることはない。アメリカに関しては、(その能力は十分にあるが)人権問題が障壁としてあり、またベトナムはアメリカの思惑と、支援の言質を潜在的に疑っているため、アメリカとの関係は最大限まで発展することが妨げられている、と教授は語っている。
そこで、アメリカと並んで、中国への拮抗力の役割を果たすことのできる魅力的な選択肢として、日本が残される、とフン教授は語る。日本は(アメリカと違って)アジアの国であり、日本が地域から撤退する心配はない。日本自身も中国との間に海洋問題を抱えており、また南シナ海のシーレーンは日本にとって重要なもので、南シナ海が中国に支配されてしまわないようにすることは日本にとって大事な問題。ベトナムやフィリピンに防衛支援を提供するなどして、(南シナ海での)自身の役割を拡大する措置を取っている、というのが教授の説明だ。つまりこの件では、日本とベトナムは中国を媒介として「両想い」ということだ。
フン教授は、日本とベトナムの防衛協力が今後ますます進展するとみなしているようである。
◆中国の影響と、TPPにより、経済関係もますます深まる?
日本とベトナムは、経済面でも今後、一層の関係強化が見込まれるが、ここにも中国の影響があるようだ。フィナンシャル・タイムズ紙(FT)が注目しているのは、日本からASEANへの投資が増えていること、とりわけベトナムが投資対象として有望視されている点である。
FTは、中国での労働費用の急騰により、日本企業が東南アジアに生産拠点を移す動きについて、改めて言及している。また、2012年に中国の大都市で反日デモが起きて以来、日本からASEANへの投資のペースは劇的に上がった、と語る。中国への投資が減り、そのいくらかがASEANに向けられているとした。ブルームバーグによると、日本から東南アジアへの直接投資は増え続けていて、日本貿易振興機構(JETRO)の集計によると、2015年の日本からASEANへの直接投資額(フローベース)は中国・香港向けを上回った。これは3年連続だったという。
ASEANの中でも、特にベトナムが注目されているのは、ベトナムがTPP参加国だからだ。FTは、みずほ総合研究所が今年実施したアジアビジネスアンケートから、ベトナムは中国からの移転先候補のNo.1だという結果を紹介しているが、みずほ総研のレポートではこれに関して、TPP参加で輸出拠点としての魅力が一層増加していることが読み取れる、と説明している。
またレポートでは、ベトナムをTPP域内向けの輸出拠点にすることと並んで、TPPにより人口9,000万人のベトナム市場が開放されることへの期待から、ベトナムに対する関心が高まったとの見方が示されている。