ファッション目的ではない「命を救う」タトゥーとは? 眉をひそめる前に知っておきたい

 訪日観光客が増加し、2020年の東京五輪開催に向けた計画が進行するにつれ、メディアで頻繁に「タトゥーをいれた外国人が温泉/銭湯/プールに入れない」問題が取り上げられるようになった。そういった記事に対して集まるコメントは、「郷に入れば郷に従え」という論調が多い。確かに温泉に入りたければホテルなどで予約ができる貸し切り露天風呂を探すという手もあるし、星野リゾートのように一定のサイズ以下のタトゥーを隠すシールを提供する施設も出始めた。もちろん日本人が外国人の小さなタトゥーを見ただけで、その人が裏社会の人間だと誤解するわけでもない。それでも、タトゥーに対する抵抗感は根強く、すべてのタトゥーがいわゆるオシャレ感覚の“ファッションタトゥー”だと誤解されているケースも多い。

 タトゥーには、ファッション目的以外のものがある。それは、そもそもタトゥーを見る機会が少ない日本国内ではあまり認知されていないものばかりだが、中には身体的・精神的な「命を救う」タトゥーがある。ニュージーランドのマオリ族など、ネイティブの人たちが彫るタトゥーは最近よく知られるようになったが、ここでは、「タトゥーをいれている」と聞いただけで眉をひそめる前にぜひ知ってほしい、タトゥーの全く違った使用法を紹介したい。

◆緊急時に持病を示すタトゥー
 英語で「メディカル・タトゥー」と呼ばれるタトゥーがある。これは緊急時のために、持病やアレルギー、もしくは見ただけではわからない内臓の異常(例えば心臓が左でなく右側にあるなど)をタトゥーでいれて、たとえ自分が話せない状態で搬送されたとしても迅速に対応できるようにするものだ。

「1型糖尿病」のタトゥーの一例

 てんかんや重度の喘息、アナフィラキシーショックなどにも役立つため、メディカル・タトゥーを入れる人は増加傾向にある。救急隊が脈をとるときにすぐに見つける可能性が高い、手首の内側に入れる人が多いようだ。

◆乳がんによる乳房切除後のタトゥー
 米メリーランド州のタトゥーアーティスト、ビニー・マイヤーズさんのチームは、乳がんによって乳房を切除した人たちの胸に、立体的に見えるよう陰影のついた乳首と乳輪をタトゥーでいれている。たとえ乳房再建手術で胸のふくらみが元のようになっても、鏡で乳首のない自分の胸を毎日見ることが大きな精神的ストレスとなり、元患者は「普通に見える」ことを望むからだ。色はその人の肌に合わせて調節する。作業の様子は、ニューヨークタイムズ紙が取材した動画でも見ることができる。ビニーさんのチームは、年1500~2000件もの施術を行っているという。

 また、これとは別に、乳房切除や手術によって残った大きな傷を覆うように花などの柄を入れるタトゥーもある。これもまた、毎日傷を見ることで闘病生活などを思い出すストレスを軽減する効果がある。

◆DVの怪我の跡やリストカットの傷を覆うタトゥー
 他にも、家庭内暴力による傷や、襲われて暴行を受けた際の傷を目立たなくするためのタトゥーや、昔のセルフカットの傷を覆うように入れるタトゥーもある。バズフィード英語版では、DVなどで残った傷のある女性に対して無償のサービスを提供するブラジルの女性タトゥーアーティストを紹介している。複数回刺された跡の残る腹部などに、美しい花や植物、もしくはファンタジー系のタトゥーをいれているという。こういったタトゥーは、サイズが少し大きめになる傾向があるようだ。

◆片耳が聞こえないことを示す「ミュートボタン」
 米ABCニュースは2月、片耳が聞こえない女性が耳のすぐ後ろにいれた、スピーカーの隣に×印がついたタトゥーを紹介した。この女性は、他人が聞こえない方の耳から声をかけて「無視されている」と腹を立てるのにうんざりして入れたそうだ。小さなタトゥーだが、髪をポニーテールにするとしっかりと見える。

 ファッションステートメントでもなくネイティブの血筋でもなく、自身の身体的・精神的健康のためにタトゥーを入れる人たちがいる。もちろん見ただけではファッションなのか、そういった目的なのかを見極めるのは難しいし、「そういう人もいるのだから銭湯をオープンにしよう」という主張をするつもりもない。ただ、条件反射的に「悪趣味」とか「怖い」という感情をもって眉をひそめるのではなく、こういった目的のタトゥーがあると知るだけでも、異質に見えるカルチャーを少しだけ理解するきっかけになるのではないだろうか。

Text by 成海舞香