トランプ氏の日本に関する誤った言説が及ぼす脅威 信じた大衆に合わせて他の候補者も…
ドナルド・トランプ氏が、ミニ・スーパーチューズデーと言われる15日の予備選でも4州を制し、米大統領選の共和党統一候補に指名される可能性がますます高まってきた。日本でも、トランプ大統領誕生が現実になる可能性が認識されており、今後の日米経済に与える負の影響が懸念されている。
◆トランプ発言に反し、日米の経済関係は良好
USAトゥデイ紙は、トランプ人気が広がった理由の一つに、同氏がアメリカン・ビジネスに公平でないとする日本やその他の国々に強く出ることを繰り返し誓ったことがあると述べる。
しかし政治リスク・アナリストのトバイアス・ハリス氏は、日本がアメリカを食い物にしているというトランプ氏の主張はまったくの間違いで、経済上の利害関係においては、今日の日米間にはこれまでにない歩み寄りが見られると述べる(USAトゥデイ紙)。米商務省によれば、2015年の対日貿易赤字は686億ドル(約7.9兆円)で10年前の897億ドル(約10.3兆円)よりほぼ3割も減少した。アメリカの対中貿易赤字、3660億ドル(約42兆円)と比較すれば、いかに小さいかが分かる。米国議会調査局の2014年の報告書では、この10年間で日米は貿易摩擦を減らすための努力をしてきており、両国の経済関係は、「力強くかつ互いに有益」と結論づけている。
「アメリカをもう一度偉大な国に」と叫び、雇用を取り戻すと約束するトランプ氏だが、米週刊紙Barron’s(電子版)によれば、2014年には日本の自動車会社は140万人の米国人を米国内の工場で雇用しており、年間850億ドル(約9.8兆円)以上の給与を支払っている。また、日本は1兆ドル(約115兆円)以上を米国債に投資しており、中国とともにアメリカの借入費用を下げていることも、同紙はトランプ氏が忘れている点だとしている。
このような意見を聞けば、トランプ氏の日本悪玉論には説得力がなく、日米が貿易摩擦解消に向けて続けてきた努力を台無しにする主張だと言える。
◆TPPに暗雲
とりわけトランプ氏の日本経済への理解は、日本が景気低迷と人口減少に入る前の1980年代で止まっていることから、日本側も同氏をこれまで真剣に扱わなかったとフィナンシャル・タイムズ紙(FT)は指摘する。しかし、トランプ大統領の可能性が出てきた現在、日本政府の関係者は、経済面では警戒が必要との見方を持ちはじめたらしい。
なかでも懸念されるのは、TPPの行方だという。大型の貿易協定から受ける恩恵はもちろんだが、安倍政権はTPPを、農業分野をはじめとする日本経済の改革のための最良のツールと見ている。しかし日本を敵視するトランプ氏の考え方では、TPPを議会で承認することは難しい。トランプ氏は、「日本を叩いたのはいつだった?日本は何百万台もの車をアメリカに送り込むのに、我々は何をしている。最後にシボレーを東京で見たのはいつ?シボレーなんか存在しない。日本はいつもアメリカをだます」と出馬発表の際、訴えている(FT)。
◆安倍政権にもダメージ
さらに日本側が気づいたやっかいな問題は、トランプ氏の発言が大衆の意識に浸透しつつあり、他の政治家がそれに反応して立ち位置を変えてしまうことだとFTは述べる。
民主党の指名を獲得すると思われる、ヒラリー・クリントン氏は、ミシガン州予備選でライバルのバーニー・サンダース候補に負けた後は、TPPに対する考えを厳しくしており、関税なしで輸入される車の部品生産国を特定する「原産地規制」により厳しい基準を求めているという。これに対し、日本にとっては米自動車市場へのアクセスはTPPのメインであるだけに、再交渉の余地はないと国際エコノミストの八代尚宏氏は見ている(FT)。
FTは、だれが大統領選に勝利しようとも、アメリカでのTPP失敗という脅威は増していると述べる。政治学者の本田雅俊氏は、日本にもTPP反対派がいるとし、「もしTPPが日本で承認された後、アメリカで通過しなければ、安倍政権にとっては大変なダメージになる」とFTに述べている。