Jリーグの発展はアジアとの連携にあり アンバサダーが語るアジア戦略の課題と未来図

「Jリーグアジア戦略」―。簡潔にいうと、地上波での放送がほとんど行われなくなり、停滞感も漂う昨今のJリーグが、国内市場だけに目を向けるのではなく、アジアの市場で存在感を放つための施策といえる。1つの成功例として、ベトナムの英雄レ・コン・ビンが加入したコンサドーレ札幌のケースを見ると、北海道にベトナムからの観光客が激増し、両国の企業の提携、進出などビジネス面で大きな成果をもたらした。今年は、セレッソ大阪がタイ最大のビール会社「シンハービール」とパートナーシップを結ぶなど、その動きは加速しているといえるだろう。

 現役時代、ガンバ大阪のキャプテンとして活躍し、晩年はタイリーグでもプレーした木場昌雄氏。現在は、Jリーグアジアアンバサダーとして、またアジアサッカー発展のためのJDFA(Japan Dream Football Association)代表として、常に現場に足を運び最新のアジアの動向を探っている。そんな木場氏に、Jリーグアジア戦略の課題から未来の展望まで話を聞いた。

◆大きな市場があるアジアだけに、競争は激しい
―まずは、木場さんのアジアでの活動内容を教えて下さい。
木場昌雄(以下、木場):「Jリーグアジアアンバサダーとして、Jリーグ、各Jクラブと、アジア各国の協会、クラブとの連携、スポンサー営業などを支援しています。また、JDFAの代表として、サッカークリニックの開催、ユース世代の大会の企画・運営、アジアの選手達の日本のクラブへの短期留学の援助なども実施しています」

―アジア各国でのJリーグの知名度はどうでしょうか?
木場:「クラブ単位で知っているクラブはあっても、Jリーグ全体で言うとまだまだですね。というのも、アジアの国々ではイングランド・プレミアリーグや、リーガ・エスパニョーラの人気が高い。Jリーグがアジア戦略を掲げる数十年前から、欧州ではアジアの市場に注目し、開拓してきています。それだけ、アジアの人達のサッカーに対する目も肥えているとも言えます。毎年欧州のビッククラブが、シーズン前にアジアに来て数試合開催すると、何万人と集まり、グッズ収入を含めると数億円を稼いで帰っていきます。もちろん、放映権、権利ビジネスでも莫大な額が動いています。アジア圏のリーグの中では、Jリーグの人気は高いですが、ヨーロッパと比べると大きな差があるといえるでしょう」

―競合相手は他のアジアの国ではない、ということでしょうか?
木場:「そうですね。ただ、そのアジアの中でも中国などの台頭が目立ち、圧倒的な存在感を放つまでには至っていません。やはり、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)の注目度は高いので、ACLで毎年優勝争いするチームが出てくると、Jリーグのブランド価値も上がると思います。ガンバ大阪、柏レイソル、浦和レッズなどACLを戦うチームは知名度は高いので」

◆クラブ単位での施策が必要
―近年アジアのスポンサー獲得、アジア遠征、選手獲得、スクールの開設などの動きが出てきました。
木場:「正直、クラブ単位でアジア戦略に対する熱の入り方は違いますね。専任者がいるクラブもあれば、まだまだ動きが鈍いクラブもある。それぞれのクラブに理念があるので、一概には言えませんが、人員が足りないというのも現実かもしれません。Jリーグとしては、アジア人選手の獲得資金の補填や、コーデイネートを行うこともありますが、最終的な判断は各クラブのスタンスにより異なります」

―そんな中、コンサドーレ札幌、ヴァンフォーレ甲府、横浜FCといったクラブは東南アジアの選手を獲得しています。そのことは、市場開拓にも繋がるのでしょうか?
木場:「間違いなく繋がると思いますね。言い方を変えれば、そうしないとスポンサーやアジアのサポーターはJリーグに目を向けてくれません。私は現地の企業から話を聞く機会も多いですが、やはり選手獲得という入り口が無ければ難しいと感じています。ただ、企業単位ではなくとも、アジアの富豪の方で、『Jリーグと関係を持ちたい』と考えている人もいます。今後はそういった方々へのアプローチも一つの手段だと考えています」

―アジアの選手達はJリーグでプレーすることを望んでいる選手は多いですか?
木場:「もちろん望んでいる選手は多いです。ただ一方では、年俸、移籍金もネックになっています。この辺りが難しいところですね。日本に来るレベルの選手は、自国リーグでもJリーグを超える年俸をもらっていますし、クラブも移籍金なしでは放出は難しいというスタンスです。そういった選手に対して、Jリーグに来るメリットやいかに環境を整えるか、というのも課題になってくると思いますね」

◆マーケティングと、現場のすり合わせが鍵となる
―現在まで、Jリーグで目に見える結果を残した東南アジアの選手はいません。
木場:「私の考えでは、しっかりと結果を残す選手が出てくれば、アジアの選手がJリーグでプレーする絶対数は増えると思います。それだけのポテンシャルを秘めていますし、Jリーグを経由して、ヨーロッパのトップリーグでプレーする可能性すらある。ただ、これは私の事業全般にもいえるのですが、表面化はしていなくても日本人の考え方として、アジアのサッカーを軽視している部分は少なからずあると思います。このギャップを埋めていくには、やはり結果を残すしかありません」

―では、結果を残すためには何が必要でしょうか?
木場:「先ほどの内容と重複しますが、ポテンシャルはあります。特にタイ人のレベルは非常に高くなっています。あとは、いかに機会を与えてあげるか。具体的に言うと、育成年代でJリーグや海外のクラブと連携して、経験を積むことです。今年は私がタイで開催した大会の優秀選手3人をガンバ大阪ユースの練習に参加させてもらいました。そこでも十分やれていましたし、ガンバのスタッフの方の評価も高かったです。あとは、こういった活動を地道に増やしていくことで、Jリーグの現場サイドの評価も高まっていくと思います」

―現在、アジアの選手、スポンサー獲得の際にネックとなっていることはありますか?
木場:「マーケティングの占める部分が大きく、その点で現場の意見や、すり合わせができていない、ということは聞きますね。実際にはるばる日本まで自国の選手を見に来ても、試合に出ていないとなると楽しみは半減ですよね?やはり実際に活躍する、ということはマーケティングの面で見ても大切な要素です。例を挙げると、2013年に当時JFLのFC琉球に、元マレーシア代表のワンザック・ハイカルという選手が加入し、デビュー戦には、マレーシアからメディアが大挙して押し寄せました。それ以来、FC琉球は今でもマレーシアで一番有名なクラブですし、SNS上での人気も高いです」

―最後に、今後長期的な目線でアジア戦略を浸透させるために必要なことを教えて下さい。
木場:「アジアサッカーの現場に足を運ぶ回数、現地の人とのコミュニケーションを図る頻度を増やすことだと思います。現地にいかないとわからないこともありますし、各国の状況を肌で感じること。昔よりリーグ、協会、クラブともにアジアに行く回数は増えていますが、まだまだ足りないし、日本側が考えるアジア各国の現状にはギャップもあります。地道な作業になりますが、近道はないので、繰り返し継続していくことの重要性を感じています」

※Jリーグアジア戦略とは
アジア全体のサッカーレベル向上をJリーグが促進し、世界のサッカー市場におけるアジアの価値向上を目的としている。また、アジアの中でJリーグのプレゼンスを高め、パートナーやリーグ、クラブの新規事業機会を創出し、アジア内でのリソースの最大化を図る。2012年には、「アジア戦略室」を設立し、今年4月には「国際部」を設置するなど、年々その動きを活性化させている。

写真提供:JDFA

Text by 栗田シメイ