終わらない9.11、「ダスト・レディー」亡くなる いまだ生存者を苦しめる健康不安

 世界では、連日のようにテロのニュースが飛び交っている。テロは普通の人の人生を奪い、あるいは大きく変えてしまう。日本でも、2020年東京オリンピックを控え、テロ防止への取り組みを今後さらに強化することが必要だろう。

 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件から、もうじき14年目を迎える。しかしその被害はいまだに続いている。事件当時、現場に居合わせた人や、救助活動に当たった人の間で、健康被害に苦しむ人も多く、さらなる被害拡大への心配があるという。これまでに、PTSDや、有害物質を吸い込んだことによる呼吸器疾患が確認されているほか、がんとの関連が疑われているという。

◆「ダスト・レディー」として海外では有名な女性
 今週、1人のアメリカ人女性が胃がんで亡くなった。その女性は、たった1枚の写真により、世界的に有名になった。9.11テロ事件の際、全身にちりやほこり(ダスト)を浴びた真っ白な姿で、世界貿易センター(WTC)ビルから避難している写真だ。それが全世界に報道配信され、彼女は「ダスト・レディー」という呼び名で有名になった、と多くの海外メディアが伝えている。

 ワシントン・ポスト紙(WP)は、その写真について、「忘れられない写真」、あの恐ろしい日の最も象徴的な画像の1つと語っている。ガーディアン紙によると、その写真はTIME誌の「最も印象的な写真25枚」のなかに選ばれたという。

 女性は、マーシー・ボーダーズさん。テロ事件当時は28歳で、WTC内のバンク・オブ・アメリカで勤務するようになってまだ1ヶ月だった。彼女の死に米メディアだけでなく、英メディアも大きく反応している。

◆テロ事件のショックから、アルコールと薬物への依存へ
 各メディアは、事件の影響で困難に満ちたものとなった彼女の生活の様子を詳しく伝えている。ボーダーズさんは事件後、深刻な抑うつを経験するようになったという。また、極度におびえるようになり、飛行機を見るとパニックになったという。自分の写真が有名になったことで、テロリストから狙われるのではないかとの不安にも苦しんだ(デイリー・メール紙)。

 彼女は、抑うつに苦しむうち、アルコールと薬物に依存するようになったという。しかし、2011年からリハビリに入り、依存から脱出することができたそうだ。WPによると、リハビリと事件の首謀者であるウサマ・ビンラディン死亡によって、やっと「心の平穏」を見出した、と彼女は語っていたという。しかしその「平穏」は、悲劇的なことに長続きしなかった、とデイリー・メール紙は語る。2014年8月に胃がんと診断されたのだ。

◆9.11テロ事件による健康被害
 ボーダーズさん自身は、胃がんはテロ事件の影響によるものだと信じていたそうだ。

 9.11テロ事件による健康被害に関しては、これまでのところ複数の調査によって、呼吸器疾患の発病や悪化に影響があったことが確認されている(ガーディアン紙)。米疾病予防管理センターによると、「グラウンド・ゼロ」周辺の空気には、粉砕されたコンクリート、ガラスの破片、そして発がん物質が含まれていたそうだ。デイリー・メール紙は、倒壊したWTCからのダストは、ガラス、鉛、水銀を含む2500以上の汚染物質で構成されており、「極めて有害」だった、と学者や大気汚染の専門家が述べていると伝える。

 さらにガーディアン紙によると、少なくとも1万人がPTSDと診断されている。

 一方がんについては、これまでのところ、事件との関連性を明確に証明する調査はない(同)。しかし、関連を示唆する調査はある。2011年にニューヨーク市消防局が行い、医学誌ランセットに発表された調査だ。それによればWTCの現場で作業にあたった消防士は、国民平均より10%以上、またWTCの現場に関わらなかった消防士に比べて19%以上、がんにかかりやすいことが示されたという(CBS、ロイター)。

 デイリー・メール紙によると、2012年に実施されたテロ事件による発がんへの影響の調査では、WTCで救助活動などに当たった人たちが、前立腺がん、甲状腺がん、ある種の白血病にかかりやすくなった可能性があるという結果が出た。この調査は、5万6千人近くを対象とし、これまでのところ最も広範囲の調査だという。

 ただし、関連は不確かだったという。(影響があったとしても)発がんまでの期間が、事件から調査時点までよりも長いものがあるので、テロ事件の影響を判断するには時期尚早だというのが、結論だったそうだ。

◆がんとの連関があるという見方は米社会に広がっているもよう
 調査の結果はどうあれ、テロ事件が発がんに影響したのではないか、という見方は、米社会に少なからず存在しているようだ。

 WPは、昨年9月、ボーダーズさんががんだと診断されたほんの1ヶ月後、WTCの事件現場で対応に当たっていたニューヨーク市消防局の3人の元消防士が、同じ日にがんで死亡した、と伝えている。カーステン・ギリブランド米上院議員は、「彼らの死は、13年経った今も9.11の健康被害はまだまだ続いており、今後何年も続くだろうということを、否応なく思い出させます」との声明を出した。がんは、テロ事件による健康被害だとの見方だ。

 さらに同議員は、ボーダーズさんの死去に関しても、「がんは、とても多くの9.11のヒーローと生存者の命を奪っている」とTwitterで語っている。

 また、テロ事件の被害者の健康被害を補償する「ジェームズ・ザドロガ9.11健康補償法」では、胃がんを含む一部のがんも補償対象となっている(WP、CBS)。当初、がんは対象外とされていたが、諮問委員会の勧告を受け、2012年に補償対象となった(CBS)。

 デイリー・メール紙は、ボーダーズさんの胃がんについて、アルコールと薬物乱用が原因で引き起こされたもので、9.11と直接的な連関はない、ということはあり得る、しかし、WTCの粉々になった構造物から空気中に放出された、発がん性のあるアスベストにより引き起こされたということもあり得る、と語っている。

Text by 田所秀徳