戦争と家庭内暴力 いかにウクライナとロシアで深刻化しているのか

ロシアのミサイル攻撃で破壊されたキーウの住宅地(7月8日)|Review News / Shutterstock.com

 世界各地で続く戦争は、家庭内暴力(DV)の増加も生み出している。

◆2年続けてDV急増のウクライナ
 ウクライナでは、2024年最初の2ヶ月で、DVに関する刑法犯罪が56%増加した。同国内務省によれば、2023年にはすでに前年と比べDV申告件数が20%増加しており、このうち刑法犯罪に限れば80%増えた。内務省の分析センターは2024年にはDV件数はさらに急増すると予測している。

 ウクライナ最高会議(議会)人権委員会のドミトロ・ルビネツ氏は2022年、「国連開発計画(UNDP)によれば、ウクライナでは約200万人が身体的DVの被害を受けており、事件の8割以上は女性が被害者で男性が加害者だ。DVを原因とする女性の死者は毎年600人に上る」と述べている

 だが、国連人口基金(UNFPA)ウクライナ事務所のディアナ代表は、報告されている数字は氷山の一角に過ぎないと見ている(ガーディアン)。

◆戦争帰りの心的外傷後ストレス障害
 ウクライナのDV問題は、2022年2月のロシアの侵攻以前から存在していたが、この2年で急増した一因は明らかに戦争だ。爆撃やミサイル攻撃により住居を失ったり、避難や貧困を余儀なくされたりといったストレス要因が、DVのリスクを高めた。

 戦地から戻った退役軍人の場合はなおさらだ。オデッサにあるDV被害者女性を対象とする支援センターに集まる女性らは、戦地から帰った男たちは、時として別人のように変貌していると語る。飲酒量が大きく増えているケースも多い。(フランス・アンフォ

 前述のディアナ氏は、戦時下においては、暴力を振るわれる女性だけでなく加害者側の男性もまた「戦争の残虐さの被害者」だとする。実際、退役軍人たちの間では、心的外傷後ストレス障害(PTSD)が増加しており、早急な支援計画が必要だと考えられている。(ガーディアン)

◆DVが犯罪とは認められないロシア
 侵攻する側のロシアにおいても、DVは悪化の一方で、その状況はウクライナよりさらに深刻だ。同国には現在、DVを真に処罰する法律が存在しないからだ。ロシアは2017年、DVに対する刑罰を軽減する法改定を行っている。欧州人権裁判所はこれを非難し改善を要求したが、同国はこの要求に応じていない。

 そのため公式統計は存在しないが、専門団体らは2022年のウクライナ侵攻以前の時点で、年間1600万人以上の女性がDV被害にあっていると推定していた。女性の5人に1人がDVを受けているということになる。ロシアの女性支援NGOの代表によれば、2011年以降、女性が被害者となった殺人事件の66%はDVによって引き起こされたものだという(チェスカ・テレビ)。

◆アンタッチャブルな退役軍人
 そのような状況にあるロシアだったが、2022年のウクライナ侵攻以降は、戦争から帰還した退役軍人によるDVと殺人が増加しているという。AFPの匿名インタビューに応じたロシア人女性の一人は、もともと暴力的だった夫が、7ヶ月の戦闘経験のあと、さらに乱暴になって戻ってきたと語る。しかも、戦争の英雄である自分は何をしても罪に問われない「アンタッチャブル」だと豪語しているという。(VOA

 実際、退役軍人らは国の英雄とみなされるため、「違反」を犯しても軽い罰金で済むケースが多い。TV5は一例として、退役軍人が3歳の女児の手にタバコで火傷を負わせた事件を伝える。この件では、7000ルーブル(約1万円)の罰金が科せられただけだった。

◆ロシア当局「憂慮すべきレベルにない」
 ロシアの独立メディア、ヴェルトスカが裁判所の判決を調べたところによれば、2022年と23年の2年間で、退役軍人らが起こしたDVの件数は、その前の2年間と比べ倍増している。だが、ロシアにおいては大抵のDVは、軽い違反行為としかみなされず、多くの場合、退役軍人らが科せられるのは最低5000ルーブル(約7000円)の罰金だけだ。しかもこの罰金は政府が徴収するため、被害者には何の恩恵もない。(TV5)

 このような状況にあるため、DV被害者支援NGOの職員によれば、ロシア女性はDVについて語りたがらないことが多い。だが、支援センターの仕事量から考えて、近年暴力行為が増加しているのは明らかだと語っている。(同)

 それでも、ロシア当局は相変わらずDV問題は「憂慮すべき」レベルにないとみなしている(シュッド・ウェスト紙)。

◆犯罪者の隠れみのとなる戦場
 ロシアは数多くの元受刑者を戦闘員として戦線に送っているが、戦地から戻った元受刑者らのなかには犯罪を繰り返す者がおり、彼らの帰還を危惧する市民も少なくない。

 さらに、犯罪者であっても兵役に就くことで、殺人罪の刑罰さえ回避できる構図ができている。プーチン大統領から英雄の称号を授与されたイレク・マガソウモフ大佐は、戦地へ赴くことで懲役を免れている。マガソウモフは女性を殺害した罪で懲役11年の判決を受けていた。(ラジオ・フリー・ヨーロッパ

◆元戦闘員らの心のケアは
 ロシア精神科医協会のクトヴォイ氏は、元戦闘員のほぼ3人に1人が心的外傷後ストレス障害を患っていると語る。そのなかには「制御不能な重度のフラッシュバック」を引き起こすケースもあり、場合によっては他者への身体的攻撃を引き起こす可能性があるという。また戦闘参加者のほとんどは不安障害やうつ病状態となっており、アルコールや薬物の摂取と相まって、暴力につながる可能性もあると指摘する。(TV5)

 だが、ロシアはウクライナ侵攻を「戦争」とは認めていないため、元戦闘員らの心のケアへの援助や補助は期待できないのではないかと懸念されている。

Text by 冠ゆき