薄れるカトリック教会と欧州の一体感 教皇のベルギー訪問で露呈した溝

Andrew Medichini / AP Photo

 ローマ・カトリック教会の教皇フランシスコは9月26日から29日にかけて、ルクセンブルクとベルギーを訪問した。主要な目的は、世界最古のカトリック大学であるベルギーのルーヴェン・カトリック大学創立600周年記念式典への出席だ。

 現教皇は2013年3月の就任以来、同年12月に同性カップルへの祝福を認めるなど、オープンな姿勢を打ち出してきている。しかし皮肉なことに、今回のベルギー訪問はバチカンと欧州信者たちとの価値観の違いを露呈するものとなった。

◆司教による性的虐待事件
 近年、アイルランドやフランス、ドイツ、アメリカなど複数の国で、次々にカトリック教会内での性的虐待が明るみに出たが、ベルギーも例外ではない。2010年には当時のブルージュの司教、ファンフェルウェが十数年にわたり未成年者である甥(おい)に性的虐待を繰り返していたことが明らかになった。

 司教というのは「教会の最高の役務職」だ。性的虐待を行っていた人物が司教に任命されていた事実は、このスキャンダルをさらに衝撃的なものとした。未成年者への性的虐待を認めたファンフェルウェは司教職を退いたが、聖職から追われたのは、14年も経った今年になってからだった。

◆批判と期待
 そういった背景から、ベルギー国内ではカトリック教会批判の声が高まっており、今回の教皇のベルギー滞在中もそれを感じさせる場面が多々あった。たとえば、ベルギー首相が27日にラーケン宮殿にてベルギー国王夫妻と教皇を前にスピーチを行ったが、教会による隠ぺいを厳しく批判する言葉を含んでいた。

 ユーロニュース(9/27)によると、教皇のベルギー訪問に先立ち、被害者らは教皇への公開書簡で、経済的賠償制度を確立し、司祭独身制を根本から見直し、言論の解放をより確実にすることを要求しており、教皇の発言に期待を持っていた。

 それに応えるように、教皇フランシスコはベルギー訪問中、性的虐待の被害者のうち17名と2時間の会談を行った。だが、参加者全員の満足は得られなかった模様だ。

 また最終日の29日には、ブリュッセルのスタジアムに集まった3万9000人の観衆を前に、「悪を隠蔽してはならない」と明言し、犯罪の隠ぺいをやめて、性的虐待を犯した聖職者を裁判にかけるよう求めた(ユーロニュース、9/29)。

◆女性の地位に対する見解の違い
 カトリック教会が批判されている理由は、性的虐待問題だけではない。女性や性的少数者(LGBTQ)の社会的地位についても、一般市民とカトリック教会の認識の差は埋まる様子がない。

 今回のベルギー訪問中、ルーヴァン大学の教授や学生ら50人から、教皇フランシスコ宛てに、男女平等とカトリック教会における女性の地位について書簡で質問が寄せられた。これへの返答の中で、教皇は「女性は実りをもたらし、思いやりがあり、極めて献身的」な存在だと述べたが、具体的な女性の地位については言及しなかった。(AFP、9/28)

 教皇のこの表現は、女性を旧来通りの「結婚、妊娠、出産」という役割に押し込めるように受け取れ、学生たちは失望を隠さない。学生のみならず、ルーヴァン大学もこれには反発を示し、「教会および社会における女性の地位に関して教皇フランシスコが表明した見解は、理解できないし、支持できない」と声明を出したほどだ(7sur7、9/28)。

 ユーロニュース(9/28)によると、ルーヴァン大学の学長は一連のスキャンダルからカトリック教会が立ち直るには、現在男性にしか認められていない司祭職に女性を任命するなどの思い切った改革が必要だと考えるが、カトリック教会がそこに至るには、まだまだ長い道のりがあるようだ。

◆中絶をめぐる論争
 教皇はベルギー滞在中、複数回にわたって中絶は殺人であると発言し、中絶を行う医者を殺し屋だとまで表現した(ユーロニュース、9/30)。

 ベルギーでは1990年に、一定の条件下での中絶を認める法律が可決されたが、当時のボードワン国王は敬虔(けいけん)なカトリック教徒で、この法律への署名を拒否し国王の座を離れた経緯がある。

 現在、妊娠中絶は一定の条件下で合法であるが、ベルギーでは妊娠12週間までと決まっており、最初の診察から手続きの開始まで6日間の熟考期間を置くことが義務づけられているため、現実には妊娠中絶が不可能なケースが頻発している。隣国のオランダでは、24週まで中絶が可能であるため、年間300人以上のベルギー人が、オランダに渡って中絶手術を受けている。そのため、ベルギーでは、中絶可能期間の見直しを求める声が上がっている。(ユーロニュース、9/27)

 折しも、9月28日は「安全な妊娠中絶の権利の日」であり、ベルギーにおける妊娠中絶の実態や、その問題点が話題になっていた。

◆中絶法に反対したボードワン国王を福者に
 この「安全な妊娠中絶の権利の日」に、教皇は故ボードワン国王の墓に詣でることを希望し、国王夫妻とともに黙祷(もくとう)を捧げ、「『殺人法』に署名しないため国王の座を離れた」故ボードワン国王の勇気を称えた。教皇はまた故ボードワン国王を聖人に次ぐ福者の地位に上げる列福の手続きを開始すると宣言した。(RCFラジオ、9/28)

 この教皇の一連の言動は、安全な妊娠中絶の権利を擁護する団体の目には挑発としか映らず、批判の声が上がっている。王室はまた王室で、今回の墓参りは、教皇訪問の公式プログラムにあったものではなく、あくまで教皇の希望で実現したものであり、国王夫妻は教皇への礼儀として同行しただけだとの声明を出した。(同)

Text by 冠ゆき